第12話 二度とないチャンス

 チュンチュンチュン。


 朝、雀が元気な鳴き声が外から聞こえてくる。

 太陽の日差しが部屋に差し込み、利香は目を覚ました。

 意識が段々とまどろみの中から戻ってくると同時に、なんだか無性に心地よい暖かさと重みを感じる。


「んんっ……」


 重い瞼を開くと、目の前には利香の絶賛気になっている人物、西野悠馬がスヤスヤと寝息を立てて眠っていた。


「!?」


 一瞬で頭が冴えわたり、思わず飛び起きてしまいそうになってしまうものの、すんでのところで踏みとどまった。

 そこでようやく、利香が昨日悠馬を家に泊めてあげたことを思い出す。


「そうだ……私昨日、偶然電車の中で西野君と隣の席になって、そのまま気づいたら大崎駅に着いてて、終電を逃しちゃった西野君を家に泊めたんだ……」


 改めて昨日の出来事を口にすると、利香は羞恥で顔がブワッと熱くなっていくのを感じて、つい手で頬を抑えてしまう。


(昨日の私は完全にどうかしていた)


 雰囲気と熱にうなされていたと言ってもいい。

 数ある行動の数々を思い返して、利香の恥ずかしさが頂点に達してしまう。


「んっ……」


 その時、悠馬が寝返りを打ち、利香とは反対側へと身体を向けてしまう。


「あっ……」


 刹那、悠馬と繋いでいた手が離れ、温もりが遠ざかって行ってしまった。

 利香の手を包み込んでいた温かい感触が無くなり、朝の冷たい空気が手に突き刺さる。

 自身の手を見つめながら、利香は再び悠馬の方を見つめた。

 好意を持っている人物が、無防備な状態ですぐ隣に寝転がっている。

 こんなチャンス、二度と訪れないかもしれない。


(もっと悠馬の温もりを感じていたい。そう思ってしまう私はいけない子でしょうか? 神様、こんな欲まみれの私をお許しください)


 神に謝罪をしつつ、利香は自身の布団からゆっくりと身体を出して、悠馬の布団へそっと忍び込んでいく。

 毛布を捲り上げ、ゆっくりと身体を忍び込ませた。

 すぐさまモワッとした熱気が利香の身体を包み込むと共に、悠馬の安心する匂いが漂ってくる。


(うわぁ……これヤバ、これヤバ、これヤバぁぁぁぁ!!!!)

(西野君と同じ布団でそそそそ添い寝しちゃってる!!!!!)


 利香の興奮は冷めやらず、胸の鼓動がドクン、ドクンと高鳴っている。


(どどどどどうしよう!?

 西野君の布団に忍び込んじゃったけど、大丈夫なのかな!?

 これってもしかして夢だったりする⁉

 現実なの⁉)


 利香の頭が混乱状態に陥った時である。

 再び、悠馬が寝返りを打った。


「ん-っ……ん?」


 悠馬の顔が、利香と触れ合ってしまいそうなほど至近距離となる。

 利香は驚きのあまり、一瞬息を呑む。


(きゃーっ! 目の前に……目の前に西野君の顔がぁぁぁぁーーーー!!!)


 吐息が掛かってしまいそうなほどの距離に近付いてしまい、利香はどうしたらいいの分からず身を縮こまらせることしか出来ない。


「んーっ……」

「えぇっ⁉」


 すると、悠馬は寝ぼけているのか、利香の背中に手を回すようにして抱き締めてきたのだ。


(待って、待って待って待って待って待って!! このままじゃ私、どうにかなっちゃうよぉぉぉ!!!)


 抵抗することも出来ず、されるがままに両腕で抱き締められる利香。

 悠馬に抱き締められた嬉しさと興奮で心臓の鼓動が最高潮に達してしまう。


(きゃーっ!!!!)

(きゃっ、きゃっ、きゃっ、きゃっ、きゃーーーーーーーっ!!!)

(私、西野君に抱き寄せられちゃってるよぉぉおーー!!!)


 利香の鼻息がつい荒くなってしまう。

 きっと、利香の顔は人様には見せられない程、蕩け切っているに違いない。


 男の子らしいゴツゴツとした身体つき。

 温かい体温、落ち着く匂い。

 全てを包み込んでくれるような優しい力加減。

 それを全て、ほぼゼロ距離で堪能してしまっている。


「ヤバぁ……これぇ……幸せ……」


 利香の脳はトロトロに蕩け切ってしまい、もう理性を無くしていた。

 悠馬の胸元に顔を埋め、スリスリと頬ずりをしては匂いを堪能する。

 さらに悠馬の方へと近づいていき、身体をさらに密着させてしまう。

 利香の心の奥底から、そこはかとないドキドキと共に安心感が芽生えてくる。


「はぁ……もう無理。好き……」


 利香は至極のため息を吐きながら、悠馬へ身を委ねた。


(はぁぁ……っ。幸せ過ぎる……。このまま、時が止まってしまえばいいのに……)


 そんなことを思いながら、利香は悠馬と密着したまま幸せな気持ちに包まれる。

 悠馬の温もりを感じながら、ポワポワとしたまどろみへと溶け込ていくような感覚に浸りながら、利香はゆっくりと目を閉じていった。


 そして、時間は刻一刻と過ぎていき――

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