第10話 隣り合わせ

「~~~」


 利香りかがお風呂に向かってから、悠馬ゆうまはイヤホンを耳に装着して適当に音楽を流してシャワー音を出来るだけ聞かないようにしていた。

 それでも、曲と曲の間で音楽が途切れると、水音がどうしても聞こえてきて、悠馬は頭をガシガシと掻く。

 壁一枚挟んだ先に、一千纏わぬ姿の利香がいる。

 そう考えるだけで、脳が勝手によからぬ妄想を繰り広げてしまい、悠馬は悶々とさせられてしまう。


「ダメだ、ダメだ! 余計なことを考えるな俺!」


 変なことを考える都度、悠馬は首をぶんぶんと横に振りながら、必死に自分に言い聞かせるようにして、煩悩を振り払っていく。

 いくら利香に好意があるとはいえ、彼女は彼氏持ち。

 絶対に間違いを犯すわけにはいかないのだ。

 悠馬が必死に堪えていると、いつの間にかシャワーの音は消えており、代わりにドライヤーのモーター音が聞こえてくる。

 利香はシャワーを浴び終え、脱衣所で髪を乾かしているらしい。

 最大の危機を乗り越えて、悠馬はふぅっと安堵の息を漏らす。


「お待たせー」

「あっ、うん……」


 しばらくして、利香が部屋に戻ってくる。

 お風呂場から出てきた利香は、バスタオルで髪を乾かしながら、ピンクを基調とした白い水玉模様のモコモコパジャマを身に付けていた。

 髪も軽く湿っており、なによりモワッとした湿気を帯びた空気が肌に突き刺さる。

 せっかく落ち着きを取り戻したのに、悠馬は再び心臓がバクバクと高鳴ってしまう。

 さらに追い打ちをかけるように、シャンプーやボディーソープの香りが漂ってきて、悠馬の鼻孔を刺激してくる。

 悠馬も同じものを使わせてもらったはずなのに、利香が使うとここまでいい匂いになるのは何故なのだろう?

 そんな違いを考えていると、利香がそっと悠馬の隣に腰掛けてくる。

 悠馬の腕に手を回して、ぎゅっと密着してきたのだ。


「それじゃあもう夜も遅いし、寝る支度整えよっか」

「えっ、いや……俺はいいって。始発になったら帰るから」

「ダメだよ! ちゃんと寝ないと明日に支障きたすよ? 明日も学校あるんだから」

「だ、だからって……流石に寝るわけには」

「大丈夫。布団二つあるから」

「そ、そう言う問題じゃなくて! 気持ちの問題というか……」


 悠馬がゴニョゴニョ呟くと、利香はにやりとした笑みを浮かべてくる。


「私が隣にいると、ドキドキしちゃって眠れない?」

「なっ……」


 自分が考えていたことを言い当てられ、悠馬の顔が見る見るうちに熱を帯びていく。


「ふふっ、西野君可愛い」


 悠馬を見上げて、からかうような笑みを浮かべてくる利香。

 恥ずかしさのあまり、悠馬は視線を落として、床に敷かれている空色のカーペットに向けることしか出来ない。


「でも、本当に寝不足は身体に悪いから、眠らなくてもいいからせめて横になって休んで欲しいな。せっかく泊めてあげた意味が無くなっちゃうもん」

「……わ、分かったよ」


 悠馬は、利香に優しく説得され、首を縦に振って頷いてしまう。

 利香の家に来てから、悠馬はずっと翻弄されていて、調子が狂いっぱなしである。

 悠馬の腕を掴む姿も妖艶に微笑んでいるような感じがして、なんだか利香が悠馬を誘惑してきているように思えてしまう。


(落ち着け俺。ただ寝るだけだ。何もない!)


 悠馬は自身に言い聞かせて、心を落ち着かせる。


「それじゃ、こっち来て」


 利香に手を引かれ、悠馬はロフトの上へと導かれて行く。


「天井低いから気をつけてね」

「うん」


 先に利香が梯子を登っていく。

 梯子に手を掛けて上を見上げれば、利香を下から覗き込む形となってしまい、彼女の足やお尻のラインがくっきりと見えてしまう。

 悠馬は咄嗟に視線を逸らして、利香が登り切るのを下で待った。


「西野君登ってきてー! 布団出すの手伝って」

「わ、分かった!」


 利香に頼まれ、悠馬は急いで梯子を登っていく。

 ロフトの上は、意外にもスペースがあり、二人並んで寝るにも十分なスペースがあった。

 端の方には、畳まれた状態で置かれた布団と毛布が二つ置いてある。


「そっち持ってくれる?」

「はいよ」

「気を付けて持ち上げてね。せーのっ!」


 利香の合図とともに、悠馬は布団を上に持ち上げた。


 ガンッ。


「痛っ……」


 刹那、悠馬は頭を天井にぶつけてしまう。


「ふふっ、だから言ったのにー」


 利香は頭を抑える悠馬を見て、くすくすと肩を揺らして笑っていた。

 気を取り直して布団を二人で運んでいき、横並びに敷いていく。

 今から隣り合わせで利香と寝転がるという事実を直視できずに、悠馬は視線を泳がせて別の話題を口にする。


「ロフトって初めて上がったから、屋根裏部屋みたいな感じなんだね」

「うん。まあよく言えばスペースの有効活用だからね。ロフトの上を物置にする人もいるみたいだよ」

「そうなんだ。てか今更だけど、ロフトの上に二人登って大丈夫なのかな? 床落ちたりしない?」

「どうなんだろう。人が寝てもいいように設計されてるから大丈夫なんじゃない?」


 そんなロフト事情を話しているうちに、あっという間に毛布も敷き終えて、セッティングが完了してしまう。


「それじゃ、西野君はそっちね」

「うん、分かった」


 利香に指差された通り、壁側の布団へヨチヨチ歩きで向かっていく。

 毛布に手を掛けると、モフモフとした生地で、肌触りはとても良い。

 悠馬は毛布を捲り上げて、布団と毛布の間へ足を滑り込ませていく。

 隣では、利香が同じように毛布を布団の間に身体を忍び込ませていた。

 それぞれ身体をゆっくりと仰向けに寝転がらせていく。


「電気消して平気?」

「うん、大丈夫だよ」


 悠馬が返事を返すと、利香がリモコンで消灯ブタンを押したのだろう。

 ピッと音が聞こえてきて、辺りが暗闇に包まれる。

  悠馬は隣に利香が寝ていることを意識しないよう、利香とは反対側へと身体を向けた。


 まさか山手線の中で寝過ごしたら、彼氏持ちのクラスメイトJKであり、悠馬が絶賛気になっている女の子である吉川利香の家に泊まることになるとは……一体誰が想像できただろうか。

 隣からは、利香が身体を動かしているのか、衣擦れの音が聞こえてくる。

 利香が隣で寝転がっているという実感がしてしまい、悠馬の身体は余計に強張ってしまう。


「ねぇ西野君」


 すると、利香が悠馬の名前を呼んでくる。


「ん、なに?」


 悠馬が優しく返事を返すと、利香は一つ間を置いてから――

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