第6話 におい
「良くない! まずはそのままシャワー浴びてきて」
「えぇ⁉ シャワー浴びるの⁉」
利香の爆弾発言に、悠馬はオウム返しをしてしまう。
てっきり、一時避難的な感じだと思っていたので、そこまでもてなしてもらうつもりは全くなかったのだ。
(えっ、私今何て言った!? シャ、シャワー浴びてきてって言っちゃった⁉)
利香は利香で、自分がとんでもないことを口にしてしまったと後悔していた。
(西野君も凄い困惑しちゃってるし……ここは何か理由を考えねば……!)
とそこで、先ほどの居酒屋の話を思い出した利香は、咄嗟に口を開いた。
「だって西野君。ちょっとタバコの匂いついてるよ」
「えっ、マジ?」
クンクンと自分の制服の匂いを嗅ぎ始める悠馬。
もちろん、タバゴの匂いなんて付いておらず、悠馬のいい香りが漂っている。
けれど、本人が気づいていないと言い張れば問題はない。
瞬時に思い付いたとはいえ、いい言い訳が出来たと安堵する利香。
(全然匂いなんてしないぞ? もしかして、普段アルバイト先でタバコを吸ってる人に慣れちゃってるから、臭いに気付かなくなってしまっているのだろうか?)
利香に指摘されて、悠馬は自身の制服の臭りを嗅いでみるものの、タバコの臭いはあまりよくわからなかった。
恐らく、アルバイト先の喫煙所で吸っていたお客さんの煙の臭いが染み付いてしまったのだろう。
タバコの臭いに慣れてしまったことに、悠馬は少なからずショックを受けてしまった。
それに、利香にとってタバコの臭いは、不愉快な香りに違いない。
利香の家にタバコ臭を振りまいていることに、悠馬は罪悪感を覚えてきてしまう。
「制服は西野君がシャワーに入っている間に私が消臭して吊るしといてあげるからさ、ほら、身体に着いた臭いも取って来て!」
そう言われて、利香に背中を押され、悠馬は脱衣所へ強引に連れて行かれてしまう。
「それじゃ、ごゆっくりー」
そう言って、利香が手を振りながらバタンと脱衣所の扉を閉めてしまう。
悠馬は手渡された寝間着を手に持ったまま、呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
「なんで俺、こんなことになってるんだろう」
そんな独り言が漏れてしまうぐらいには、悠馬の頭は大混乱を起こしていた。
一方その頃、脱衣所の扉を一枚挟んだ廊下では――
「ふぅ……危なかった」
ほっと安堵の息を吐き、額に掻いた汗を拭う利香の姿があった。
悠馬が居酒屋でアルバイトをしていて助かった。
タバコの臭いが付いているというナイス言い訳を思いつくことが出来て、強引に悠馬を脱衣所へ連れて行くことが出来たのだから。
ひとまずこれで、悠馬はシャワーを浴びざる負えないだろう。
利香の元へ、しばしの安息の時間が訪れる。
とはいえ、また気が動転して、変な行動を起こしてしまったら意味がない。
ねじが外れて、突拍子もないことをやらかしてしまわないよう、利香は大きく深呼吸を繰り返す。
「あっ……」
しかし、利香はそこでとあることに気付いてしまい、思わず声を上げてしまった。
それは先ほど、利香が悠馬を脱衣所へと連れて行く際に言い放った一言。
「さっき私、制服を消臭しておくって言っちゃったよね……」
言ってしまった手前、悠馬がシャワーを浴びている間に、利香は一度脱衣所へと入り、制服を消臭してハンガーへと掛けておかなければならないのだ。
さらに、強引に脱衣所へ悠馬を送り込んだのはいいものの、お風呂のハンドソープやシャンプーの説明、ハンドタオルやバスタオルなども何も用意していないことに気付く。
つまり、利香はこれから悠馬が風呂場に入った後、一度脱衣所へと戻り、色々用意をしてあげなければならないのだ。
ドア越しでぼやけているとはいえ、扉一枚挟んだ先で、裸姿の悠馬と対面しなければならないわけで……。
考えた途端、利香の顔がぶわっと熱くなっていく。
(ヤバイ……扉越しとはいえ悠馬君の裸姿……一体私、どうなっちゃうの!?)
折角深呼吸して整えた呼吸も、再び荒くなってしまい、利香はまた見るからに挙動不審な動きを繰り返してしまうのであった。
その頃、悠馬はというと――
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