第5話 ソワソワ
(何やってるの私⁉)
利香が絶賛気になっている男の子である
彼と一緒に終電で大崎駅に辿り着き、そこから利香を家まで送り届けてくれることになった。
そこまでは良かったはずなのに……。
悠馬がタクシーを呼ぶか、始発まで何処かで時間を潰すと言い始めたので、利香は何を血迷ったのか、『家に泊って行かないか』と提案してしまったのである。
もちろん、利香の提案に対して、悠馬は全力で拒否をした。
当たり前である。
ただのクラスメイトである男女が一つ屋根の下で過ごす。
万が一のことがあった場合、保証してくれる人など誰もいないのだから。
けれど、利香の思考回路は悠馬と手を繋いだことで壊れてしまっていた。
悠馬の反応をかわいいと思ってしまい、気づけば小悪魔みたいなムーブをかましていたのである。
まるで、悠馬を意気地なしみたいな雰囲気に陥れて、家に誘い込む口実みたいにしていたのだ。
最終的に、警察に補導されてしまうことを盾にして、悠馬は渋々納得した様子で利香の家に泊まることになったわけだが……。
(これじゃあ私、自分から西野君を連れ込んでいるみたいじゃない!)
(いや、実際そうなんだけど!)
(軽い女って思われたらどうしよう!!!!)
そんな利香の不安をよそに外階段を登って行き、廊下を端まで進み切ってしまう。
利香は悠馬の方を振り返り、平静を装いながら手で扉を指差した。
「ここだよ、私の部屋」
「そ、そうなんだ……」
悠馬は気まずそうに返事を返してくる。
(ほらやっぱり、西野君困ってるじゃん!)
(ど、どどどうしよう)
(私から泊っていく?って言ったくせに、やっぱり無理とか言えないし……)
もう引き返せない所まで来てしまっている。
利香は覚悟を決めて、鞄からカギを取り出して鍵穴に差し込み施錠を解除していく。
カチっと音が鳴り、ドアノブに手を掛けてから一つ深呼吸をする。
(大丈夫、物が散乱してたりはしないはず。お願い普段の私、ちゃんと綺麗にしてて!)
そう心の中で願いながら、利香はドアノブを回して玄関の扉を開いた。
「ちょっと待ってて」
悠馬にそう一言言ってから、一人暗闇の玄関へと足を踏み入れ、壁際を手で探りながら玄関前の明かりを付けた。
明かりが灯されると、玄関は至ってシンプルで、靴が散乱しているようなこともなくほっと胸を撫でおろす。
一方その頃、玄関前で待たされている悠馬はというと――
(マジかマジかマジかマジかマジか……どうするよ俺!?)
まさか、こんな形で好きな女の子の部屋に上がり込むことになるとは夢にも思っていなかった。
(しかも泊りがけとか、どこのパリピ大学生だよ!)
利香の家の前で待っている間、悠馬は自身の意志の弱さを嘆いていた。
現実を直視することを避けるようにして辺りを見渡せば、利香の部屋は角部屋らしく、他に三つ部屋がある。
階段が二階までだったことを加味すると、一階と二階四部屋ずつの計八部屋あるマンションらしい。
利香の住むマンション事情を確認していると、再び玄関の扉が開き、中から利香が顔を覗かせた。
「どうぞ、上がって」
「お、お邪魔します……」
悠馬は一つ息を吐いてから、意を決して利香の玄関へと入っていくと――
(きゃぁぁぁーーー!!! 西野君が……西野君が私の部屋にぃぃぃぃ!!!!)
利香は心の中で叫びながら、悠馬が玄関で上がり込んでくるのを見て感動の目を向けていた。
「ごめん、内鍵だけ閉めておいてくれる?」
「あぁ、分かった」
悠馬に玄関の施錠をお願いしている間に、利香は廊下を奥へと進んでいき、心を落ち着かせるのと同時に、部屋の明かりを付けていく。
(ここが利香の家……)
内鍵を閉めた悠馬は、改めて利香の家を見渡した。
玄関を入ったところの左側にはキッチンがあり、洗った食器などがかごの中に置かれていた。
右側には脱衣所とお風呂場、もう一つの扉はお手洗いだろうか。
生活感が溢れていて、心なしかいい匂いも漂ってきているような気がして、悠馬は無意識にごくりと生唾を呑み込んでしまう。
玄関で悠馬が立ち尽くしている間に、利香は机の上に乱雑に置いてあった勉強用具を手早く重ねて束にしてまとめてから、悠馬の元へと戻っていく。
「ごめんね、そんな広くないけど、こっち来て」
「あっ、うん……」
利香が手招きすると、悠馬は靴を脱いで廊下に上がり込んだ。
落ち着きがない様子で、悠馬はキョロキョロと室内を見渡している。
(凄いジロジロ見られてるけど、変な物とか置いてあったりしないよね⁉ 汚い部屋とか思われてないよね⁉)
(ここが……利香の家……ヤバイ、緊張してきた……)
ジロジロ家を見られて不安になる利香と、緊張する悠馬。
別々の感情を抱きつつ、利香は悠馬を部屋に案内していく。
廊下を奥へ進んだ先にある部屋は六畳ほどの広さで、中央にはこたつが置かれており、机の上には先ほど利香が片付けた勉強用具が置かれていた。
悠馬が部屋の上を見上げれば、屋根裏部屋のような、いわゆるロフトというスペースが広がっている。
生活感あふれる利香の部屋。
好きな女の子の家にお邪魔することが出来た嬉しさと同時に、利香の彼氏は、きっと何度も訪れているのだろうと考えてしまい、何だか少し罪悪感が沸き上がってきて、悠馬の心が痛んだ。
「適当に座ってゆっくりくつろいでねー!」
「あ、ありがとう……」
利香にそう言われたものの、悠馬はどこに腰掛ければいいのか分からずあたふたしてしまう。
そんな落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見渡す悠馬の姿見て、利香ははっと納得した表情を浮かべた。
(そりゃ、いきなり女の子の家でくつろいでと言われても無理な話だよね)
利香が逆の立場で、もし悠馬の家にお邪魔することになったら、間違いなく挙動不審になる自信がある。
悠馬に少しでも安心してもらおうと思い、利香は必死に考えを巡らせた。
くつろいでもらうために、制服のままじゃ堅苦しいので、まずは着替えてもらうことにする。
(何か着替えられるものは……。あっ、そうだ!)
利香は思い出して、タンスの一番下の段を開く。
そして、奥に収納されていた紺のスウェットを取り出して、悠馬の元へと戻って行く。
「はいこれ」
利香が持ってきたのは、以前お兄ちゃんが泊りに来た際に置いて行った部屋着である。
また泊りに来るかもしれないからと置いて行ったのだが、まさかこんな形で悠馬に使って貰う日が来るとは思っていなかった。
「ごめんね、お兄ちゃんのだけど、良かったら着替えて。下着の替えはないけど勘弁してね」
申し訳なさそうに言いながら、寝間着を手渡してくる利香。
利香が手に持つスウェットを目の前にして、悠馬は思わず頬を引きつらせてしまう。
「いや、俺は制服のままでいいよ」
悠馬はスマートにそのスウェットに着替えるのを断った。
元々、始発までお邪魔するだけだったし、わざわざ部屋着を用意してもらうもの悪いと考えたのだ。
それにどう考えたって、その部屋着が利香のお兄ちゃんのではなく彼氏の私物であることぐらい、流石の悠馬でも明白に理解できた。
彼氏のスウェットを身に付けるとか、悠馬にとってはとんだ罰ゲームのようなものである。
悠馬が着替えるのを憚っていると、利香が半ば強引にスウェットを押し付けながら、とんでもないことを言ってきた。
それは――
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