第4話 友達の家

「えっ……?」


(帰らなくてもいいってどういうことだ?)


 悠馬ゆうまは、利香りかに言われた言葉の意味が分からず混乱していた。

 必死に考えて、悠馬は一つの答えを導き出す。


「あっもしかして、この辺りに24時間営業してるファミレスとか漫画喫茶を知ってるってこと?」

「ううん。この辺りは住宅街だから、お店は全部0時に閉まっちゃうよ」

「マジで?」


(おいおい嘘だろ。ここ都内23区内だよな?)


 悠馬は大崎駅周辺のお店事情に絶望していると、利香がパンと手を叩く。


「だから、友達の家に泊まればいいの」

「えっ? っていっても、確かこの辺りに住んでる友達なんて……」


 少なくとも悠馬が知っている限り、この辺りに住んでいる友人はいないはずだ。


「何言ってるの? 今目の前にいるでしょ?」

「へっ……?」


 当たり前のように自身を指差す利香。

 悠馬は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「だから、西野君は私の家に泊っていけばいいんだよ」


 そう言って、利香が悠馬の手を再び取り、ぎゅっと掴んでくる。

 終電を逃したら、彼氏持ちJKの家に泊まって行ってと誘われました。

 とんでもないことを提案してきた利香に対して、悠馬は咄嗟に手を横に振る。


「えっ⁉ いやっ、流石にそれは申し訳ないというか。吉川さんのご両親にも迷惑かけちゃうし……」

「それなら問題ないよ。私一人暮らしだから」


 サムズアップして、キランと白い歯を見せながら言い放つ利香。


「いやいやいや、そっちの方が問題大ありだから!」

「どうして?」


 理解していないのか、キョトンと首を傾げる利香。

 悠馬は視線を右往左往させながら、利香に分かるよう言葉を紡ぐ。


「そりゃだって、年頃の男女が一つ屋根の下で寝泊まりするなんて……」


 利香だって、善意で言ってくれていることぐらい分かっている。

 だとしても、雰囲気に吞まれて万が一みたいなことが起こる可能性がゼロとは言い切れない。

 加えて利香は彼氏持ちだ。

 このことが利香の彼氏にバレたら、首が飛ぶだけでは済まされないだろう。


「ふふっ……」


 すると突然、利香がくすくすと笑いだした。


「吉川さん?」


 悠馬が利香の顔を覗き込むと、彼女はにやりとした笑みを浮かべながら言い放つ。


「もしかして西野君。緊張しちゃってるの?」

「なっ……」


 墓穴を掘ってしまった。

 悠馬はようやく、利香の狙いに気が付いたのだ。

 わざとらしく首を傾げていたのは演技。

 つまり利香は、彼氏持ちである事実を悠馬が知っていることを熟知した上で、異性として意識している悠馬の反応を楽しんで弄んでいたのだ。

 何と言う小悪魔っぷり……。

 そんな斜め上の発想をする悠馬に対して、利香の方はというと――


「私は別に構わないよ。西野君なら」


 悠馬の冷えた手をぎゅっと握り締め、頬を赤らめながら上目遣いに本気で悠馬を家に連れ込もうと訴えていた。


(今のもしかして、意味深な発言に聞こえちゃったかな? でももう絶対に首を縦に振らせて見せる!)


 引くにも引けなくなってしまい、意地でも悠馬を家に連れ込もうとしていた。

 二人の間に邪魔するものは誰もいない。

 こんな絶好のチャンス、二度と訪れないかもしれないと思い、利香は必死に懇願する。


「何を言ってるの?」

「そのままの意味だけど? 私、西野君の事、元から結構いいなって思ってたし」

「だからって、それとこれとは話が別でしょ!」


(彼氏は!?)


 まるで、利香が悠馬に対して好意を寄せているような発言に、狼狽えてしまう悠馬。

 利香がいいと思っていても、利香の彼氏が許してくれない。

 もしこのことがバレてしまったら、悠馬は生きて帰れないのだから。

 たじろぐ悠馬をよそに、利香はさらに畳みかける。


「まあでも、西野君をここに一人で放って置くわけにはいかないよ。家に帰るにしてもタクシー代かかっちゃうし、駅で始発を待つことにしても警察に補導されちゃうかもしれないよ? だって私達今制服姿だし」

「うっ……た、確かに」


 ダッフルコートを着ているとはいえ、下は制服を身に付けている。

 警察に補導なんてことになれば、両親に迷惑を掛けることになってしまうのは明白。

 悠馬の思考に、一瞬の隙が生じた。


「どうする? 来るの? 来ないの?」


 こてんと首を傾げて、余裕ある笑みを浮かべながら判断を悠馬に委ねてくる利香。

 悠馬は視線を泳がせつつ、様々な可能性を考えた上で決断を下した。

 というか、悠馬の中で導き出される結論は一つしかないのである。


「分かった……今日だけ利香の家に泊めていただけますでしょうか?」

「ふふっ、そうこなくっちゃ」

「ただ、マジでこのことは誰にも言わないでくれ」

「当たり前だよ。私達だけの秘密だよ」


 人差し指を立てて、秘密めかしたようにウインクする利香。

 もちろん、利香の心は有頂天で、今すぐに飛び跳ねたいぐらいの衝動に駆られていた。


「それじゃあ、早速おうちにレッツゴー!」

「あっ、ちょっと⁉」


 利香は悠馬の手を引き、マンションの外階段を登っていく。


(やったぁ! 西野君が……西野君が私の家に……!)

(彼氏じゃない男が家に泊まるって言うのに、どうして利香は平常心でいられるんだ!?)


 緊張するどころか楽しそうな様子で、まるで友達を連れてきて今からパーティーでもするのではないかというテンションの利香を見て、戦慄を覚える悠馬。


(この後の正しい対処法、誰か教えてください!!)


 しかし、悠馬の心の願いは誰の耳にも届くことなく、利香に手を引かれて行ってしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る