第3話 探り合う二人

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ。吉川さんと手繋いじゃってるんだけど!?)


 悠馬は利香と手を繋ぎながら、緊張した面持ちで深夜の住宅街を歩いていた。

 先ほどから、悠馬の意識は利香と繋いでいる手に全神経が向いてしまっており、ろくに会話をすることも出来ていない。

 

 繋いでいる手からブワっと手汗が出ているのが分かる。


(気持ち悪がられてないだろうか。無言で何を考えているのだろうと怖がられていないだろうか)


 悠馬は、そんな悲観的なことばかりを考えてしまっていた。

 せめて、無言だけは避けようと思い、悠馬は適当に言葉を紡ぐ。


「なんか、吉川さんとこうして二人で夜の都内を歩いてるなんて、何か不思議な感じだね」


 夜の住宅街を眺めながら、何の気なしに悠馬が適当な言葉を放つ。

 それに対して、利香は目を見開いて悠馬を見つめた。


(えっ、今のはどういう意味で言ったの⁉)

(もしかして、西野君も私の子と意識してくれてるとか!?)

(それってもう両想いじゃん!)

(ヤバイ……ドキドキが止まらないよぉー!!!)


 ただただ何の気なしに言った言葉を、脳内でセンチメンタルな風に変換する利香。


「うん、そうだね……」


 利香はすっと前を見据えたまま、薄い反応を返した。


(ヤバイ、今の反応は印象悪かったよね。あぁもう、せっかく西野君から離しかけてくれたのに、私のバカバカバカ!)


 心の中で自分自身を叱咤する利香に対して、


(吉川さんの反応が良くない。これは話題提供ミスったか俺!?)


 悠馬は悠馬で、トークデッキを間違えたかとヒヤヒヤしていた。

 お互い、意識し合っていることなどつゆ知らず……。


 とにかく、会話を広げなければと思い、悠馬が再び口を開く。


「いつも吉川さんは、こんな夜遅いの?」


 悠馬が尋ねると、利香は首をふるふると横に振った。


「ううん。いつもはもっと早く家に帰ってるよ。今日は席に座ったら、気づいたら眠りこけっちゃって」

「そっかぁ……まあ、そういうこともあるよね」


 もちろん、寝ている間に利香があんなことやこんなことをしていたことを、悠馬は全く知らない。


「西野君は? どうしてこんな時間に電車に乗ってたの?」


 今度は、利香が悠馬に対して疑問を投げかけた。


「ちょっと疲れが溜まってたみたい。気づいたら眠っちゃってた」

「疲れを溜めるのは身体によくないよ?」

「分かってるんだけど、バイト先の人が足りなくてさ」

「あーっ、西野君。確か居酒屋でバイトしてるんだっけ?」

「そうそう。知ってたんだ?」

「ま、まぁね。クラスで話題に上がったことあるから」


 本当は、利香が悠馬の身辺情報を調べただけなのだが、悠馬は気に留めることなく相槌を打つ。


「そうなんだ。まあそれで、飲食店って12月が繁忙期なんだけど、思ったよりも重労働でね」

「あーっ、確かに、忘年会シーズンは忙しいって聞くよね」

「そうそう。それでほら、最近は若者が少ないとかで、アルバイト募集してもそもそも人が集まらないでしょ? 俺のアルバイト先も同じで、毎日人員不足ってわけ」

「そっか、それは大変だね」


 利香が眉根を顰めながら心配そうな瞳を向けてきてくれる。

 それだけで悠馬の心が浄化され、疲れが吹き飛んでいく。


「吉川さんは、何のアルバイトしてるの?」

「へっ、私? 私はカフェだよ」

「カフェか。吉川さんみたいな店員がいたら、さぞかし華やかになるだろうね」

「もーっ、そんなことないってばー! カフェって言っても、大手のチェーン店だし」


 実を言うと、悠馬は利香がカフェでアルバイトしていることは把握済み。

 ただ知っていると言ったら引かれると思い、知らない体で褒めてあげたのだ。

 悠馬の言葉を聞いて、利香はと言うと――


(褒めてくれた、褒めてくれたよ!)

(ヤバイ、好きな人が肯定してくれるのってこんなにも嬉しいんだ)

(どうしよう、頬が勝手ににやけちゃうよ……!)


 悠馬の術中にまんまと嵌り、滅茶苦茶浮かれていた。


「それでもちゃんと働いてるんだから凄いと思うよ」

「そうかな? えへっ、えへへっ」


 利香は嬉しさの余り、つい頬が緩んでしまい、にやにやとした笑みを作ってしまう。


(だって嬉しいんだもん、しょうがないよね⁉)


 利香は自分にそんな言い訳をしつつ、悠馬と手を繋いだまま夜道を歩いていく。

 しかし、楽しい時間というのはあっという間に終わりを告げてしまうもので、気付いたら、家の前まで辿り着いてしまう。


「あっ……」

「どうしたの?」


 利香が突然立ち止まったことに、疑問の声を上げる悠馬。


「ここ、私の家」

「あっ、そうなんだ。なら、ここでお別れだね」


 そう言って、悠馬が利香の手がすっと離した。

 あっ……と、思わず声が漏れてしまいそうになるのを必死に堪えて、利香は悠馬と向き合った。


「送ってくれてありがとう」

「どう致しまして」


 お別れをしようとしたところで、ふと気になることが浮かび上がり、利香が質問を投げかけた。


「西野君は、このあとどうするの?」


 もう終電は終わっている。

 悠馬は隣県に住んでいるため、今から家に電車で帰ることは出来ない。

 痛いところを突かれた様子で、悠馬は顔を引きつらせながら後ろ手で頭を掻く。


「まあ高いけど、タクシー拾って帰るよ。もし見つからなかったら、その辺で始発が始まるまでどうにか過ごすから平気」


 そう言って、悠馬は自分が平気だと笑って見せる。

 時刻は夜の1時30分を回ろうとしている。

 始発が始まるまであと4時間。

 この辺りに24時間営業しているファミレスや漫画喫茶はない。

 悠馬を都内の夜の街に、一人野放にしておくことが、利香には耐えられなかった。


「なら別に、帰らなくていいんじゃない?」


 気付けば、利香はそんなことを口走ってしまっていた。

 その利香の言葉に対して、悠馬はというと――

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