ep.8 傭兵隊の旗揚げ


1.


「傭兵隊の仲間を探してるってきいたよ。あんたが隊長か?」


 出発の準備のため、荷車を整理していたゼノンに、村の若者が声をかけた。


「ああ、そうだよ。君は自警団にいたな」


 この若者には見覚えがある。自警団の中でひときわ体格のいい男だった。彼は「アリオン」と名乗った。


「俺も隊に加えてくれないか?腕っぷしには自信がある。それに大工仕事が得意だ。壊れた荷車の修理なんかもできる。きっと傭兵隊の役に立つぜ」


 たしかに、肉体労働で鍛え上げられた体は頼もしい。


「大工仕事は役に立ちそうだな。戦いの経験はあるか?」


「経験は無いけど、隊長たちの戦いぶりを見ていて、胸がスカッとしてさ。俺も戦いてぇんだ。どうすれば強くなれる?」


「規律と訓練に耐えてもらうが、大丈夫か? それに傭兵は危険な仕事だ。村を出てすぐ、矢に当たって死んでもおかしくない。それでもやれるか?」


「大丈夫だ。俺は村の厄介者なんだ。家族も、もうこの世にはいない。どこで死んでも誰も悲しまないだろうさ。でも、あの戦いを見たら、俺のいるべき場所は戦場なんじゃないかって思ったんだ」


 ゼノンはアリオンの目に悲しみと闘志を見た。


「わかった。俺についてこい、アリオン。お前に世界の広さを見せてやる。その代わり、お前の命は俺に預けてくれ」


 アリオンはのちにゼノン傭兵隊最強の兵士として世に名を知らしめるが、この時はまだ辺境の若者に過ぎなかった。


「おーい、待ってくれ!」


 アリオンの後ろから、二人の若者が駆けてきた。


「俺たちも、連れて行ってくれ。ふぅ、間に合ったか」


 まだ出発には早い。ゼノンはアリオンを見た。友人が追いかけてくるとは思いもしなかったようで、驚いた表情だ。


「いい友達を持ったな、アリオン」


 ゼノンはアリオンのたくましい背中をポンと叩いた。



2.

 イリナとローサはファドンの看病をしてから自分たちの食事をとった。


「二人で少し話さない?」


 ローサはイリナを朝の散歩に誘った。

 テヴェアの村はいつも通りだ。男たちはそれぞれの仕事のために農地や牧草地へ出かけてゆく。女たちは桶を抱え、井戸まで水を汲みに行く。そよ風が木々を揺らし、草原に波をつくる。


 集落の外れに流れる川に、小さな橋がかかっている。ローサはそこで立ち止まった。


「ゼノンはだんだん、お父さんに似てくるわね」


「そうなの?全然違うと思うけどな」


 ローサは若き日のファドンを思い出して微笑んだ。

 イリナは不思議に思った。細かいことを気にしない、鷹揚おうような父の性格は、兄には全く似ていない。


「お父さんはね、昔はとても繊細で臆病だったのよ。本当は今でもそうだと思う。でも、人って変わるものよ。誰かの為なら変われるの」


「お父さんが繊細? 気になるなぁ。昔のお父さんの話をもっと聞かせてよ」


「そうね。イリナには話したこと、なかったと思う。私とお父さんが出会った時の話」


 ローサは若かった頃のファドンを思い出して、思わず笑いをこらえてから話し始めた。


「私たちはこの橋のたもとで出会ったの。若かったお父さんは、傭兵隊の下っ端だったわ。その傭兵隊の戦士の一人が私に難癖をつけて連れて行こうとした時、ファドンが現れた」


「ヒーローみたい」


「そうね。私にはヒーローに見えたわ。でも、ファドンは下っ端で弱かったから、先輩に凄まれて引き下がっちゃったのよ」


 ローサはまた、笑いをこらえて話を続けた。

 イリナは「えー」とがっかりした様子だ。


「でもその後、ファドンは傭兵隊の野営地に囚われた私をこっそり助け出して、二人でパラセムノスまで逃げたわ。私を助け出した時のあの怯えようったら!」


 ローサはひとしきり笑ってから、「でも、格好良かった」と呟いた。


「膝がガタガタ震えるほど怖がってるのに、縄を解いて私を連れ出してくれた。その時よ、私が彼に一生ついてゆこうと決めたのは」


「いいなあ。私をお姫様みたいに助けてくれる人、いないかな」


 イリナは眼をきらめかせて、うんうんと頷きながら聴いていた。


「ゼノンが軍を辞めてきたと聞いた時、私は少し安心したんだけどね。まさか今度は傭兵だなんて。本当は怖くてたまらないくせに。イリナはその点、無鉄砲なのね」


「えっ、私何かした?」


「あら、勝手に盗賊の野営地までついていって、ゼノンを殺そうとした盗賊を返り討ちにしたって聞いたけど」


「あー、そうだね。でも、危なくなかったよ。隠れてたらちょうど狙えそうなところにたまたまアイツがいたの」


 ローサは、イリナの言葉に少し恐ろしさを感じた。この子は、もしかして誰よりも強くなるのかもしれないと思った。イリナはどこ吹く風で、もっと若い頃の二人の話を聴きたいとせがんだ。



3.

 村を救った英雄の門出にと、村人たちから荷車や日持ちのする食料などが集まってきた。ゼノンと仲間たちは、集まった贈り物をどう使うか話し合って計画を立てていた。その最中、レオシウスからの手紙を預かった訓練生4人が村を訪れた。


「ゼノン、手紙にはなんて書いてあるんだ? 私は字が読めないんだ」


 アルキリアが手紙を開いてから首を傾げ、ゼノンに渡した。


「ああ、読んでやろう。ふむ。レオシウスはこの機会に、辺り一帯に潜伏する盗賊をやっつけてしまいたいらしい。ラダゴスを引き回して、盗賊の他の拠点を潰す作戦だ。そして、囚われた人々を解放しながらビオンとメリナを探すつもりだと書かれている」


「それはいいな! わくわくする」


「アルキリア、俺たちの目的を忘れないようにな」


ゼノンは興奮し始めたアルキリアに釘を刺すように言った。


「それで、私たちはどうする? 隊長」


 ライサは何か考えを巡らすように目線を上げて言った。


「まず、リカロンに行こう。南カルラディア帝国の都へ。俺たちで解決できる依頼のなかで、一番高額のものを探すんだ」


「都会ね! きっと綺麗なんだろうなぁ」


 イリナが瞳を輝かせている。ゼノンはイリナには何も言わず、うんうんと頷いていた。


「隊長! 俺はいつでもいけるぞ」


 アリオンが腰にさげた古びた剣を抜いて雄たけびを上げた。


「おい、やめろって!」


 両脇の友人は驚いてアリオンを落ち着かせようとしている。


「賑やかで楽しい旅になりそうね」


 ライサは苦笑して言った。


 レオシウスの使いで来た4人の訓練生のうち一人が、ゼノンの前に進み出て帝国軍式の敬礼をした。


「隊長、頼む。俺たちも連れて行ってくれ。レオシウスさんの手紙にも俺たちのことが書いてあるはずだ」


 レオシウスの手紙二枚目は、4人の訓練生の紹介状だった。


〈――以上の4名の者を君の傭兵隊に送る。全員、私の可愛い教え子たちだ。歩兵として役立てるよう、私たちの知っているすべてを叩き込んだ。宜しく頼む〉


「わかった。君らの活躍を頼りにしている。しっかり励んでくれ」


 ゼノン傭兵隊は10人の仲間と共に旗揚げとなった。ゼノンは隊員の命を背負う責任の重さを感じていた。



4.

「父さん、行ってくるよ」


 ゼノンは出発の前に父親に別れを告げるため、見舞いに訪れていた。

 ファドンは息子の声に目を覚まし、ベッドの上で体を起こそうとした。


「ダメだよ。まだ寝てないと」


 ゼノンは起きようとした父の体をそっとベッドに押し戻した。

 ファドンの体は、ゼノンの記憶の中で一番細く、弱弱しく感じた。


「すまないな。大事な時に、俺が戦えないとは」


「今はゆっくり休んでいていいんだよ。今まで俺を守ってくれてありがとう」

ファドンの両目に涙が浮かび、そのまま目尻へと流れた。


「メリナとビオンのこと、頼んだぞ」


「父さん……」


 ファドンは流れる涙をぬぐうこともせず、静かに枕へ流していた。


「だが、俺はまだ死ねない。メリナとビオンを救い出して、必ず戻ってこい。その時は俺もお前の隊に加わろう。なに、腕の一本なんて無くても戦えるさ」


「わかった。必ず戻るから、その時は一緒に戦おう」


「約束だ」


 ファドンは深い溜息をつき、目を閉じた。寝息をたてはじめたファドンを見つめ、ゼノンは立ち上がった。村長の家を出ると、ゼノンは仲間とともに帝都リカロンへ旅立った。

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