第2話 俺の許嫁が恋人になった夜。

 そうしてその後、俺はちゃぶ台に座って持ち帰った仕事をしつつ、撫子は俺の向かいで期末試験に向けての勉強をして、ところどころ撫子が分からないところを教えたりしながら一緒の時間を過ごした。


 すると撫子がうとうとと舟漕ぎを始めた。


「おーい。撫子。眠いならそろそろ寝たら?」


「ん、うん。布団敷くのめんどいから、誉のベッドで寝ていい?」


 そして眠気眼のままそんな事を言ってきた。もともとはここは俺が一人で住んでた部屋なので、普段俺はそのまま自分のベッドを使って、撫子は新しく買った布団で寝ているのだが。


「……まあ、いいけど。じゃあ俺は後で布団敷いて寝るから、撫子は寝ておいで」


 男のベッドで寝るとか、何も思わないのだろうか。いや、そもそもそんな事を思うなら、許嫁とはいえ恋人でもない俺と一緒に住んだりしてないか。


「……ん。でも、抱き枕がないと寝れない。誉も一緒に寝よ?」


「……寝言は寝て言おうな、撫子くん」


 こいつは。一体俺を何だと思っているんだろう。今の言い方じゃ、俺を抱き枕にして寝るつもりだったみたいじゃないか。


「起きてますうー。寝言じゃないですうー。誉のばーか。たまにはいいじゃん、一緒に寝よ?」


 なんなんだろう。風呂上りにあんなきわどい格好してたり、髪の毛乾かして欲しいとか、一緒に寝たいとか……こんなのまるで、俺を誘ってるみたいじゃないか。


 けど、撫子は好きな人いるって言ってたし。


「……撫子さ、やっぱり家帰りな? 好きな人いるんだろ。俺、さすがに一緒に寝たりしたらこれ以上我慢できそうにないわ」


「我慢、してたの?」


「そりゃあ、まあ。俺も教師の前に男だし? 男だけど教師だし? さすがに同意もなく教え子に手出すわけにはいかないだろ。一緒に住んどいてあれだけど」


 あーあ。言わないようにしてたのに。ドン引きされるだろうか。これで撫子との同棲もおしまいになるのだろうか。そう思うと残念だ……。そう、思ったのに。


「……そっか。誉は私に興味ないのかと思ってた。さすがに私も、何もされたくないのに一緒に寝ようなんて言わないよ?」


 一体今日はどうしたんだ。まさかな事を言ってきた。


「おいおい、撫子は好きなやついるんだろ? そーゆーこと、好きでもないやつに言うもんじゃないぞ」


「……誉の事、好きだもん。私」


「は? だって、他に好きなやついるって……」


「他に、だなんて言ってないけど。『学校の人』とは言ったけど。誉だって学校の人じゃん」


 ……なるほどと思う。その瞬間。


「俺、抱き枕側より抱き締める側の方がいい。それでもいいなら一緒に寝るか?」


「うん」


 今まで我慢していた反動なのか、もう一緒に寝たくて仕方がなくて、気付けば俺はそんな事を言っていた。けれど、撫子も素直にそれを許容する返事をした。




 寝支度を整えて、俺が先にベッドに入ると、撫子は俺の腕の中にすっぽりと納まるように背中を向けて寝転んだから、俺はそのまま撫子の背中を抱き締めた。


 ふわっといい香りがして、撫子のぬくもりと女の子らしいやわらかさを感じる。


 今まで散々我慢してたのに、こんな風に抱き締めてしまったら、もう止まらなくなって来て。


 撫子の髪に顔を埋めた。


「なあ、『何もされたくないのに一緒に寝ようなんて言わないよ?』って言ったけど、つまり、撫子は俺に何されたくて一緒に寝ようなんて言ったの?」


 耳元でそっと囁いた。


「えっと……、んっ……!」


 答えようとする撫子の答えも聞かずにうなじにキスをする。すると撫子は甘い声を漏らしながらぴくっと身体を跳ねさせたから、なんかもう可愛くて仕方がない。


「こーゆーことされるのは、分かってたってことでいい?」


 言いながら、撫子のうなじを唇で優しく食んだ。


「んっ……うん……」


 撫子のその声が、反射的に漏らしたものなのか返事をしているのかは分からないけど、ただ、嫌がっていないことだけは確かだった。だから。


「この先も……嫌じゃないなら、こっち向いて?」


 俺がそう言うと、それに応えるように撫子は身体をくるりとこちらに向けて俺を見つめて来たから、俺はそのまま撫子の唇にキスをした。


 撫子の唇が、やわらかくて気持ちよくて。撫子の仕草や表情が、たまらなく可愛くて。


 俺は優しくぎゅっと抱き締めた。


「ねえ、誉……? 私、誉の許嫁じゃなくて、恋人になりたい」


 俺の腕の中で俺を見つめながらそういう撫子が可愛くて。


「……もちろん俺も、そのつもり」


 その日から、俺の秘密はより深くなった。


 俺が受け持つクラスの委員長は、同棲している許嫁から、俺と関係をもった恋人になったのだから。



 けれど、誰も思わないだろうな。


「みなさん、ごきげんよう。今日もいい天気ですね」


 そんな挨拶をしながら期末テストもしっかり学年1位の成績を叩き出した学級委員長は……家の中では。


「誉ー見て見て、テスト、また満点だった。へへへ。今日はポテチ食べていいよね?」


 着崩した服装で、そんな事を言いながら俺の背中に抱き着いてくるだなんて。


「だーめ。今日の晩飯はオムライスにするから。ほら、テストも終わった事だし、そろそろ親父さんに作ってやらないとだろ? 今日は一緒に作るぞ」


「はーい!」


 そして、俺を許嫁に選んでよかったと撫子の父親に思わせたくて、今度はオムライスの作り方を教えることに精を出す俺なのだが。



「ねえ、誉。いつか上手に作れるようになったら、誉にも作ってあげるね。いつもいろいろ教えてくれてありがとう。そして、いつも遅くまでお仕事お疲れ様」


 また、突然グッと来る言葉を言われて撫子に惚れ直してしまう俺。


「ん、いいよ。撫子がオムライス作れる様になるまで、俺は撫子を食べるから。今日も一緒にベッドに入ろっか」


 そう言って撫子を抱き締めて、撫子のうなじにキスをした。


「……ん、ばか。大好き」


 そして、外では真面目な俺もまた、家の中では撫子にだけ、外では見せない俺の姿を見せるのだった——。





(完)


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最後まで読んでくださりありがとうございました!

この話は、カクヨムの創作フェス第3弾のお題『秘密』を元に即興で書いた話です。


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外では真面目な学級委員長の家出先が、実は担任の俺の家だなんて誰にも言えない。なあ、俺の前でだけバカ可愛いのはなぜですか。 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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