外では真面目な学級委員長の家出先が、実は担任の俺の家だなんて誰にも言えない。なあ、俺の前でだけバカ可愛いのはなぜですか。

空豆 空(そらまめくう)

第1話 真面目な学級委員長は実は俺の許嫁で同棲中

 俺――安積あづみ ほまれは、とある高校で教師をしている。科目は数学、担当クラスは2年B組。そんな俺には、誰にも言えない秘密がある。


 それは……許嫁がいるということ。しかもその相手と言うのが――



「さっすが委員長! 数学のテストまた満点だったの!?」


「いえいえ、そんな。ただテストの山が当たっただけです」


「あーさすがこの学園のやまとなでしこ。美人で品行方正で才女……のみならず、謙虚とまで来るなんて。天は二物も三物も与えたパターンだ」



 俺が受け持っている2年B組で学級委員長をしている山川やまかわ 撫子なでしこだ。



 人によっては、美人で品行方正な才女が許嫁だなんて、羨ましいと言うかもしれない。しかし、それは表の顔。


 彼女の裏の顔というのが――



「ただいまー。撫子、帰ったぞー」


「あー誉。おかえり。ねーご飯まだー?」


「お前なあ、脱いだ制服くらい片付けろ。そして、ちゃんとした服を着ろ。そしてそして、そんな恰好で寝ころんだままポテチを食うな」


 とんでもないぐーたらだという事。


 なぜ、そんな姿を知っているかというと、俺と撫子は俺のアパートで同棲をしている。


「えー? 誉はただの許嫁でしょ? 父親面ちちおやづらしないでよ」


「父親面されたくなかったらちゃんとしろ」


「はあー? 学校でちゃんとしてるのに、家でもちゃんとするとか、家出した意味ないじゃん」


「……お前な。俺の家を別荘変わりにするな」


「えへ♡ あざーっす♡」



 同棲、と聞くと甘い生活なんかを想像しそうなものだが、俺たちの場合は違う。


 撫子は厳格な父親の教育方針ゆえ、家でも学校でもがんじがらめなのだ。そんな家庭環境と撫子の心の葛藤を知っていた俺は、撫子が俺を頼って突然家出してきた時には驚いたものの……家に帰れとも言えず、そのままずるずると同棲生活がはじまってしまった。



「あー。お前、晩飯前なのにコーラまで飲んでるのかよ。腹膨れて食べれなくなるだろー?」


「えー! だって、ポテチとコーラ一緒に食べるのが幸せなんじゃん!! 誉はまさか、ポテチ食べる時に水を飲めとかつまんないこと言うつもり!?」


「そこまでは言ってない。時とタイミングを考えろと言ってるんだ!」


「大丈夫だよ。夜ご飯はちゃんと食べるから。現役女子高生の胃袋舐めんな♡」


「へいへい。もう少しで出来るから、お皿出して」


「はーい」



 これだけ減らず口叩けるなら、俺のところに逃げ込んでないで父親にもそれなりに言い返せばいいのに。それが出来ないというんだから不思議なものだ。



 とはいえ、撫子の父親には。


『お父様、私くし、誉さんのお部屋でしっかりと勉強を教えていただきながら、立派な女性になるために家事を一通り学ぶつもりです。うちの家ではお手伝いさんがおりますし、大学生になってからでは留学などがありますので、今しかないんです』


 なーんてことを言って納得させたのだから、ある意味才女だとは思う。




「よし、じゃあ、食べるか」


「ねえ、誉。なんで今日の夜ご飯オムライスなの」


「え? お前が食べたいって言ってたからだろう」


「オムライスって知ってたら、ごはん前にポテチ食べなかったのにー!! ばか!!」


 なのになんでこんなに俺の前ではバカっぽいんだろう。





「んー!! おいしい!! 誉のつくるオムライスってなんでこんなにおいしいの!? たまごがとろとろのふわふわで、ケチャップライスにはコクとうまみがぎゅーって感じで、ほんとおいしい!!」


 俺が作ったオムライスを撫子と一緒に食べる。まあ、料理は一人暮らし時代からの趣味みたいなものだけど、これだけ美味しそうに食べてくれたら作り甲斐があるなとも思う。


「お前は本当にうまそうに食べるよな。隠し味にオイスターソースが入ってるんだよ」


「へー! ねえ、次からは夜ご飯がオムライスの時は先に教えてね。ポテチ食べるの我慢しなきゃだから」


「ばか。だったらお前が夕飯前にポテチ食べる習慣をあらためるまで、晩飯の献立は秘密にし続けてやる」


「むむむ」


 なんだかんだ、そんな会話をしながら撫子と晩飯を食べる日々も楽しいなあと思う。



 

「ところで、お前って学校でモテるみたいだけど、好きなやつとかいないの?」


 なんとなく気になって聞いてみた。


「んー? いるよー?」


 すると、軽々しく返事がきた。



「なんだ、いるのかよ。学校のやつ? だれ?」


「えー? 学校の人だけど、誰かは秘密ー」



 そんな会話をしている時。



――おどろおどろしいメロディーが鳴った。


 撫子のスマホの着信音だ。相手は撫子の父親らしい。いい加減ビビるから、父親にだけその着信音の設定にしてるのやめて欲しいなと個人的には思う。



「はい、お父様。撫子です」


『ああ、撫子。元気か? しっかり誉君に勉強も家事も教えていただいているか?』


「もちろんですわ、お父様。今日はオムライスの作り方を教えていただきましたの。隠し味にオイスターソースを入れるとコクが出て美味しくなることを学びました。数学のテストもしっかり満点を頂きましたわ。ですから、安心してください、お父様。撫子は誉さんのおうちで立派に成長していますわ」


『そうかそうか、それはよかった。さすが家柄も学歴も優秀な誉君だ。わしが見込んだだけはある。――ところで、今度そのオムライスをわしにも作ってくれないか。撫子がどのくらい成長しているのか、親としてしっかり見ておきたい』


「え!? ……あ、でも、もうすぐ期末テストですし、勉強でスケジュールがいっぱいですの……残念ですわ」


『もちろん期末テストが終わってからで構わん。期末テストの結果と共に、楽しみにしているぞ。じゃあ』


 そうして電話は切れた。途端、真っ青になっている撫子。


「誉ええええええ。どうしよう、私料理なんてした事ないのに、お父様にオムライス作ることになっちゃった!! しかも期末テストの結果も楽しみにしてるって……泣いていい?」


「ばか。泣くよりしっかり勉強して、オムライスの作り方も覚えるか、お父さんに本当の事を言って謝るか、どっちかだろ」


「えー? ……本当の事言ったら帰らなきゃいけなくなるじゃん。じゃあ、テストもオムライスも頑張るから、誉様! 両方教えてください!」


 撫子は神頼みするみたいに俺に向かって両手を合わせた。まったく、そんなに父親に対していい子でいたいもんかねえ。現金なやつだ。


 それに付き合う俺も俺だと思うけど――。




 風呂上り。撫子は風呂上がりのきわどい格好のまま、単語カードで暗記をしていた。濡れても大丈夫な素材なので、最近は風呂に持ち込んで単語を覚えるのに使っているらしいのだが。


 ……一応、職業教師とは言え、俺も男なのだが? とも思う。


「おい、撫子。風邪ひくぞー? ちゃんと髪乾かして服を着ろ」


「えー。明日単語テストだから、この範囲だけ覚えてしまいたいんだもんー。誉、髪の毛乾かしてー?」


「お前なあ。男に髪の毛触られるとか、普通は嫌がるものだぞ?」


「んー? もちろん誉じゃなかったらイヤだよ?」


 ……撫子は一体俺を何だと思っているんだろう。俺を男として見てないってことなのだろうか。好きな人いるって言ってたし。


「もー今日だけだぞー? 乾かしてやるからとりあえず服は着ろ」


「えー。やだ。熱い」


「……一応俺も男なんだけど?」


「そっかー。教師が生徒に手出しちゃったら大問題だもんねー♡」


「一緒に住んでる時点で大問題だが?」


「それもそっか♡」



 ……撫子は一体俺をどう思っているんだろう。俺を男として見てないわけではないのだろうか。好きな人いるって言ってたけど。


 はあ、最近は同じことばかり考えてしまう。


 撫子の心の内を知りたいと思いつつ、知るのも怖くて考えないようにしながら撫子の髪を乾かしていく。


 そしてあらかた乾いた頃。


「ねー誉? 安藤先生と付き合ってるってうわさ、ホント?」


 突然そんな事を聞いてきた。


「は? 誰から聞いたの、そんなこと」


「誰からっていうか、学校で噂になってる。安藤先生美人だし、誉はイケメンだし、お似合いだよねって。安藤先生もまんざらでもないみたいだけど、誉はああいう色っぽい人がタイプ?」


 そう聞かれて、『全然』って答えようと思ったのだけど。


「さあなー秘密」


 言葉を濁した。なんとなく、好きな人を教えてくれない撫子に仕返ししてやりたかった。少しくらい……俺の恋愛事情に対して気にして欲しいと思った。出来たらヤキモチ妬かせたいとも思うのだが。


「誉のばーか。ねえ、後で数学と英語と理科で分かんないとこあるから教えて?」


 なのに、気にしてるんだか気にしてないんだか、どっちとも取れない返事をして話題を変えられた。くそ。


「今、俺のこと馬鹿とか言ったからやだ」


「あーうそうそ誉様!! 天才で優秀で全知全能の神、誉様、私くしめに英知をお与えくださいいいいい」


 けど、撫子とのこういうやりとりは楽しいと思っている自分がいる。


「……仕方がない、よかろう」


「やった。実際さ、誉って頭いいと思ってる。数学教師なのに大抵の教科出来るもんね。教え方もうまいし。いつもありがと」


「……おう」


 そして急に素直になって褒めてくるの、やめて欲しい。少し、ドキッとしてしまうじゃないか。

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