司書補くん、転職したいんだってよ……




 二人で黙々と作業をしているうちに、遠くの時計塔が正午の鐘を鳴らした。

「さてと、昼休みだね。俺は司書長に呼ばれているから、このまま管理棟に移動するよ。君は適当に休んでから午後の作業を再開してほしい」

「ぅ、はい。それじゃ職員カフェで休憩してから、また頑張ります」

「うん。よろしく頼んだよ」

「はい」

ポーカーフェイスと揶揄やゆされるほどに感情が平坦なアルフレドは、はっきり言って何を考えているのだかわかりにくい。

指示は的確だし仕事も早いが、世間話とか部下との交流とかコミュニケーション能力には微妙な点があるとフェルナンドは考えている。

同期職員たちの話を聞いて、職場のお悩み相談だとか飲み会だとか……先輩後輩のアレコレにちょっと憧れていたりもあるのだが、彼とは配属から今まで終始一貫事務的なやり取りばかりなのである。

無表情が標準装備な彼と一緒に食事など御免被りたいと思う一方で、それを寂しく感じてもいるのだった。

そんな間柄である直属の上司は、部下の返事を背中に受けながら書庫の出入り口へと向かっていった。



 やれやれとめ息一つ。

「悪い人じゃないんだろうけど、なぁ……ふぅ」

うらぶれた気分のままでやって来た職員カフェで、同期入館の事務職たちに声をかけられた。

「やあ、フェルナンド。今日もまたひとり飯かい? 俺たちと一緒にどう?」

「やぁ、どうも。それじゃぁご一緒させてもらおうかな」

「ちょうど一人分の席が空いていたところさ。こっちだよ」

「それはラッキーだったな。お邪魔します」

揃いの日替わりランチプレートメニューをパクつきながら、和やかな昼休憩がはじまった。



 職員カフェの四人席で事務職に配属された彼らの近況を聞きながら、フェルナンドは自分の職場についても聞いてもらう。

年の近い者同士で、そんな気のおけない楽しげな会話が続いていたはずだった。

……だったのだが。

「えぇえ!? 君ってば、未だに書庫で蔵書整理ばっかりやらされているの? 司書補って、もっと色々な難しい仕事も任されるって聞いていたんだけれど?」

「マジで? そりゃひどい上司にあたったもんだねぇ。少しばかり年上だけど、オレの知り合いの司書補なんかは書類作成とか貸出業務とかまで任されているって自慢していたんだけどな〜」

「俺たちだって備品の管理もやらされるけど、経費の集計とか伝票整理とかずいぶん仕事を覚えてきてるっていうのになぁ。その司書官殿は上司としては職務怠慢なんじゃないかい?」

「何ヶ月も同じことばかりやらせるなんて、ひどいと思う」

フェルナンドの話を聞いて、驚いたように声を上げる同期たち。

「うん。僕は蔵書整理しか任されていないなぁ……。ちょっと皆がうらやましいかも」

いや。ちょっとどころではなく、ものすごく羨ましい。

もしかして、自分は上司に嫌われているんじゃなかろうか。

そんな疑念が浮かんでくるくらいには。



 来る日も来る日も、この先ずっと本を棚に戻すだけ。

それこそ定年退官するその日まで。

白髪爺になっても本を運んで書庫内を右往左往する自分の幻影が脳内を過ってしまったフェルナンド。

「ぁあ、何だかやる気が失せちゃった。苦労して図書館の採用試験をクリアしたのに……」

先輩司書官のアルフレドだって、とくに重要な仕事を任されているわけでもなさそうだし、彼も自分も出世コースとは言い難いと思うし。

本の整理整頓ならば、街の本屋でもできるじゃないか。

むしろ小規模で気楽に仕事ができる、かもしれない。

そう、べつに図書館の司書官にこだわる必要なんてないんじゃなかろうか。

「うん。……転職するのも良いかもしれない」

「「「えぇっ!?」」」

ポロリとこぼれ落ちた結論に、慌てたように声を揃える同期たち。

「そうだ。ちょっと今から、司書長に掛け合ってみる」

「え、ちょっ……」

「ま、マジ!?」

「おい、早まるなよ」

「それじゃ。お先にね」

「「「おい!」」」

引き留めようとする同期たちの声を聞き流し、フェルナンドは自分の食器を片付け颯爽とカフェを出ていったのだった。




 そして、勢いよく司書長室の扉をくぐったその先で……「却下」と、ただ一言で彼の決意は叩き落された。

肝心の司書長殿はといえば、少しばかり疲れた表情でフェルナンドたちのやり取りを黙って聞いているだけだった。

「なぜです? アルフレド先輩が、どうして僕の辞意を却下だなんて言うんですか?」

「どうしても、だね。君に辞められると非常に困る」

「そんなことは、ないでしょう? 本の整理整頓なんて、誰にでもできる作業じゃないですか」

「君は、……もしかして無自覚か」

「? ……なんのことです?」

「いや、今はいい。……あとで時間をつくって話をしようじゃないか」



 そういえばアルフレドは司書長に呼び出されていると言っていたわけで、彼がその場所に居るのは当然といえば当然だった。

司書長室には彼と司書長と自分が居て、それから知らない女性がもう一人。

その人物が得意気に言い放つ。

「アル先輩、彼はやる気がないようですし。それならば、……先程から申し上げているように、ぜひとも私を貴方の相方に」

「いや。先程から断ると言っているのだが」

「なぜなんです? 私だったら書庫の整理でも掃除でも、喜んでやらせていただきますし一々仕事に文句なんて言いませんわ。それに、私ならば書類作成や貸出業務だってこなせます」

「だから、君には無理だとさっきから言っている。うちの部署では書類仕事も貸出業務もない。体力とやる気と、何よりも素質が重要なんだよ」

「貴方は、私に素質がないと仰るのですか?」

「……残念ながら」

「彼には、それがあると?」

女性は冷たい視線でフェルナンドを睨んでアルフレドに問う。

「お察しの通り」

「そんなのっ。納得がいきません」

「そんなことを言われても、それが事実なんだよ」

「私はっ、自分がこんなボンクラよりも有能だと証明してみせますっ。今に見ていてくださいっ!」

ギリッと再びフェルナンドを睨みつけてから、彼女は乱暴な足取りで去っていった。

扉を閉める大きな音を響かせて。

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