神の子
学園に非常警報が鳴り響いた。学園全体を覆っていた魔力の供給がなくなり、非常魔力に切り替わる。
「おい、水晶通信が使えねえよ!」
「スミレ先生はどこだー! 俺達じゃ絶対勝てねえよ!」
「ママ、怖いよ……」
「だ、大丈夫だよ、俺たちにはサトシ先生がいるんだから!」
マシマが声を張り上げながら防御スキルを展開した。
「逃げろ、逃げるんだ! 父上から聞いたことがある。女神教の特殊な結界は魔力が半減する! 通信も使えなくなる! こいつらは一人一人が高ランク冒険者と変わらない! 早く――がはっ⁉」
マシマが吹き飛ばされた。姫もリオも交戦しようとしたが、魔力がうまく発動しない。
白衣の集団が俺達を縄魔法で拘束をしたのであった。
白衣の集団から一人の女性が前に出る。この女は……。
「きし、この学園は女神教が包囲した。きしし、もう逃げられない。お前らは人質、それに、これを見ろ」
太っちょのマツコ先生だ。
マツコ先生が俺達に水晶ホログラムタブレットを見せつける。
そこには職員室の風景が映し出されていた。
サトシと先生たちがのんびりとお茶を飲んでいる。
『相変わらずおばちゃん先生のお茶はうまいな。マツコは飲まないのか? いいか、マツコ、お前はやりすぎる所があるが根はいい奴だ。この後、飲みにいって愚痴でも聞いてやるから。……ん? 飲み会は嫌だ? いやいや、上司の誘いを断るのは駄目だ。だから……、ん? なんだ、これは……』
『てか、サトシってパワハラっぽいよね。学園長が出張だから超気が楽でしょ。はぁ、今日の合コンどんな人が来るのかな〜、早く結婚したいな……。てか、このお茶不味くない? うげ……、わ、私もなんか気持ち悪い。ちょ、これってまさか……毒じゃないよね?』
スミレ先生の身体が痙攣していた。おかしい、サトシ先生もスミレ先生も毒には耐性があるはずだ。
動画が職員室を俯瞰で映す。ほとんどの先生が苦しみ、床に倒れていた。
そして、白衣の集団が職員室を占拠する――
……おい、何やってるんだ⁉ お前ら、あの場所で実験と称して俺達をいたぶっていただろうが! なんでこんな毒程度で倒れているんだ。
マツコ先生は満足そうな顔で俺たちを見渡す。
「きしし……、ていうか、このキャラ設定間違えたね。はぁ、ブサイクのフリは結構ストレスなのよ。正直、職員室を制圧するのが一番難易度高かったんだよね。サトシとスミレを抑えられて良かったわ。ハルカはいなかったけどね」
マツコ先生の口調が変わる、身体が波打つ。そして、脂肪に覆われた身体が削ぎ落とされる。
教室内の魔力の圧が変わった。
さっきまでの雰囲気とまるで違う。
「あれよ、重しを外すと強くなる、的な? ははっ、ていうかあんたたち女神教に入るなら殺さないであげるわよ! 私の本当の名前はマコ、女神教司祭よ!」
頭の中で声が響く。
『マジか!! 司祭レベルかよ……。これが試練ってマジできついな。ま、しゃーない、これも女神の選択だ』
俺も頭の中でレンの言葉に答える。
『女神教知ってるのか? 正直、冗談みたいな感じだが、職員室が占拠された。これは異常事態だ。というか、試練ってなんだ?』
『あいつらはやべえんだよ。女神を崇拝し、女神になろうとする邪教だ。ていうか、俺が生まれ育った場所だけどな。……司祭は幹部連中だ。その実力は超ヤバい』
……レンがヤバいというのなら、ヤバいのだろう。しかし、試練とは?
『ああ、こっちも色々あんだよ。試練の設定、それを攻略する事によってお前が強くなる。まあ、マジモンの女神との契約って感じ? 俺、神の子だし転生してるし。ていうか本物の女神は頭おかしいけどアイツラよりはましだぜ』
『神の子? ま、まて意味がわからないぞ⁉』
『いいからこの状況どうにかしろよ! マジでこの学園の奴ら全員死んじまうぞ!』
『いや、俺は今、お前のスキルしか使えないんだぞ!』
レンのスキルは『魔法剣』。名前の通り、魔法と剣技を組み合わせたスキルだ。
『はっ? 十分だろ! 俺のスキルはへなちょこアカネのスキルよりも強えんだよ!』
と、その時、誰かが俺の身体をトントンと軽く叩く。
リオが上目遣いで俺を見ていた。
「だ、大丈夫? さっきから変だよ?」
「あ、ああ、大丈夫だ。俺の中の奴隷仲間がうるさくて。……しかし、この状況、どうしたものか」
「うん、目的がわからないんだよね。なんで学園なんか占拠したんだろ?」
マツコ先生が俺達の疑問に答えてくれた。
「どうせ死ぬから教えてやるよ。女神を降臨させるための無垢な依代が見つかったんだよ。へっ、これが成功すりゃ、私も司教になれるのよ! 後は私のしもべにしてかわいがってやるわ」
水晶タブレットに映し出されたのはカケルの姿だった。
カケルはクラスメイトを守りながら戦っている。そうか、魔力を必要としない物理攻撃だからこの状況でも動けるのか。
***
『女神教は女神を降臨させるために人生の全てを捧げている……。ったく、女神なんて全然普通の女の子なのにな。ていうか、降臨させてどうするってんだよな』
俺はレンの声に答えない。
冗談みたいなマツコ先生……いや、マコだが、非常に危うい状況だ。俺が下手に動いたらクラスメイト全員が危険に陥る。
『それが違うんだっての。仲間を信じろ。戦いは一人じゃ出来ねえんだよ。ほら、お前の新しい仲間を見ろよ』
リオが俺を見ていた。その瞳からは絶望を感じさせない。
姫もマシマも俺を見ていた。メルティは泣いている……。
しかし今の俺では……。
みんなのスキルが使えなくなった俺。それは奴隷になる前の俺だ。クラスメイトから嫌われて、家でも邪魔者扱いされて……、そんな自分の事が大嫌いで――。
だが、俺は大切な仲間に出会ったんだ。
それが俺の人生を変えた。あの奴隷時代の俺にそんな力があったか? 仲間がいてくれて、俺は成長出来た。
悲しい別れがあったとしても、それは――
『そうだ、お前は俺達が認めた仲間だ。だからぶちかませ!!』
俺の胸の奥が少しだけ苦しくなった。理由はわかっている。このレンが残滓だって事を理解しているんだ。
今までこんなに喋ってくれた事はない。
だから、終わりが近いんだ。
なら、レンに俺の成長した姿を見せなきゃ……。
「……セイヤ、泣いている?」
涙なんてとっくに枯れたと思っていた。悲しさなんてこれ以上必要ないと思っていた。
「……たまには泣いてもいいのかもな。――リオ、カケルと合流して職員室に向かって姫の聖女魔法で解毒を試みよう。……腐ってもサトシ先生たちは戦力になる」
リオがコクリと頷く。
俺は立ち上がる。マツコ先生の眉がピクリと釣り上がる。
「ん? やめた方がいいよ。骸骨勇者で苦戦した程度の実力ならすぐに死んじゃうよ。ていうかその縄さえも解けないと思うわよ」
レンのスキルはうまく使えない。別にうまく使わなくていい。
俺の最大の特技は何だ? 高い魔力。それは子どもの頃から得意だった。いじめられないように隠していた。
それでも、レンのこの技だけは覚えている。
魔法剣の基礎中の基礎。あの場所でレンに初めて教わった技。うまくできなくてずっと練習していて、初めて出来た時はレンが褒めてくれたんだ。
魔力を一切使わない『魔法のような剣技』。魔力を剣に込める『魔法剣』。
「魔法剣『一の剣』暴発」
暴発した魔力が俺の身体にまとわりつく縄を焼き切る。そして、右手に携えた大きな剣を一の字で振り払う。
マツコ先生の頬をかすめ、剣閃は教室を切り裂き、全てを断ち切る。
衝撃と音が遅れてやってくる。
「みんなっ!! 縄を解くよ!! ちょっと熱いけど我慢してね! 『ファイヤー・ストーム改』! マシマさん、前衛シールド展開! シャルロットさんは全体回復! セイヤはマツコ先生を瞬殺して!!」
「了解だ」
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