レンの試練

 骸骨王の姿が消えて、その場には気を失ったマツコ先生が倒れていた。

 マツコ先生は戦闘不能状態なのか、段々とこの空間から姿が消えていく。


「ふむ、不測の事態で驚いたが、問題なかったようだな」


 全然驚いている風に見えないカケルが俺の横にいた。

 戦闘後でも警戒を解かずにいたのに、全く気配がない……。


「ああ、マツコ先生レベルの依代で良かった。あれがサトシ先生だったらゾッとしないぞ」


「それはそれで楽しそうだ。む、君の仲間が駆け寄って来たぞ? 俺は離れたほうがいいか?」


「……いや、そんな事はない。一緒に戦った……なんといえばいいかわからんが……友人、みたいなものか」


 俺がそう言うとカケルはほんの少しだけ口角を上げた。。


「なるほど、これが恥ずかしいという感情か……、悪くないな」


 カケルと俺が話しているところにリオたちが合流してきた。

 マシマだけが気を失っていてメルティに背負われているが、回復魔法をかけたのか命には別状なさそうであった。


 リオは俺の顔を見て、手を突き出してきた。

 俺が不思議そうな顔をしていると、軽く微笑んで俺の手を取って自分の手をパンッと当てた。


「もう、ハイタッチだよ。……一度やって見たかったんだ」


「そ、そうか、これが噂に聞いたことがあるハイタッチか……感慨深いものがあるな」


 ふと、カケルを見ると、自分の手を見つめて少しだけ寂しそうにしていた。

 俺はおずおずとカケルの前に手差し出す。

 カケルは恐る恐る俺の手を叩いた。

 ――い、痛いぞ……。


「……不思議な気分だ。……セイヤ君との距離が少し縮まった気がする」


 俺もなんだか恥ずかしくなってきた。

 そうこうしているうちに、マシマが目を覚ました。


「う、ううぅん……、セ、イヤ……」


 覚醒したマツコ先生の攻撃は激しいものであった。マシマが隙を与えてくれなければ長期戦になって被害が拡大していただろう。

 あの防御は大したものだ。学生が受け止められる威力ではなかったのに、マシマはそれをやってのけた。


 マシマはメルティの背中から降りて立ち上がる。


「まだ休んでいろ」





 修練所の空間にサトシの声が響いた。


「これで本選は終了だ。今、空間魔法を解く」

 

 周りの生徒たちからは安堵の声が聞こえてきた。


 俺たちのクラスは全員生き残った。カケルのクラスはカケル一人だけだ。

 それ以外に数人の知らない生徒がメルティの後ろに隠れていた。


「な、なんだよ! 帰ったら絶対に訴えてやる!」

「そうだよ、ちょっとこの本選はひどすぎるよ!」

「マジで死ぬかと思ったぜ……」


 生徒たちの声に答えるかのように、空間魔法が解かれ通常の模擬戦場へと変わる。

 あの空間で死んだ生徒たちも模擬戦場の隅っこで体育座りをして待機していた。


 サトシが何故か神妙な顔をしてあたりを伺っていた。そして、マツコ先生に問いただしていた。


「マツコ、なぜ勇者召喚をしたんだ? あれは禁呪のはずだ」

「きし、そ、それは……その……」

「答えろ、結界が壊れて生徒達が死んでもおかしくなかった。なぜだ?」

「……きし」


 マツコの視線の先にはカケルがいた。

 それが何を意味するのか俺にはわからない。サトシも眉をひそめるだけであった。


「まあいい。貴様は後で学園会議裁判にかける。……生徒たちは解散だ! 後日、選抜メンバーを発表する!」


 こうして俺達の本選が終わったのであった。……正直、選抜メンバーに入りたくない。俺はそれよりも学園長を倒すという目的があるからだ。

 ……結局マツコ先生を倒したのはカケルだ。



 生徒たちが模擬戦場を後にする。

 俺達もこの場を去ろうとしたが――


「セイヤ? どうしたの? セイヤ、セイヤッ!!」


 俺は急速に意識が遠くなってしまったのであった……。



 ****



 暗い部屋、あの奴隷部屋にそっくりの場所。

 気がついたら俺はそこに立っていた。


 椅子には誰かが腰掛けている。その誰かが振り返ると――


『おう、セイヤ、こっち側に来れたじゃねえかよ。てか、マジで遅えよ。超暇してるんだぜ?』


『レン? ここは一体?」


 よく見る俺の身体は透けていた。レンの身体も透けている。


『あん? ここはお前の精神の中だっての。俺が呼び寄せたんだよ。あれだ、お前に会いたかったけど、色々大事な話があんだよ』


『……レン、他の仲間は?』


『かーーっ! ちょっと待てや! 今のお前だとまだ駄目なんだっての! 今ここで会えるのは俺だけ。まあいいや、そこに座れよ』


『……自分の精神の中で椅子に座る。変な気分だな』


 レンは席を立って俺に椅子を譲る。……それがとても意味があることに思えた。

 いつもふざけたお調子者のレンだが、ここぞという時は誰よりも真剣な男だ。


『……お前さ、たかが魔力で俺達が復活すると思ってんのか?』


『何を言っている。ピピンが強大な魔力によって復活したじゃないか』


『はぁ、やっぱわかってなかったのかよ……。あれは、あいつの特性もあるし、死んじゃいなかっただろうがよ! ただの瀕死の重症のピピンを中に取り込んだだけだっての。だから……俺達とは違うんだよ』


 レンは口調とは裏腹に穏やかな微笑を浮かべる。



『いいか、俺達は瀕死じゃねえ。完全に死んだ。……お前の中にいる俺達はいわば残滓だ。それこそ女神の奇跡でも起きねえ限り復活できねえ』



 ……意外にも驚きはなかった。俺はもしかしたらわかっていたのかもしれない。レン達が学園長に殺された時、何かが俺の中に入ってきた。それを魂だと信じ込んでいた。いや、信じたかったんだ。


『その面みりゃわかるわ。そうだ、死んだものは生き返らせねえんだよ。……無理やり生き返らせたら、ただの眷属、アンデット、そんな化け物に変わっちまう。いいか、ピピンの件は奇跡に近いぜ』


『じゃあ今のお前らは何なんだよ……。俺の中にいるんだろ……』


『だから残滓だっていってんじゃねえかよ⁉ いつか消えてなくなる。ていうか、俺が出てきたのはお前を説教するためだっての! いいか、なんでスキルをちゃんと使わねえ。キサラギのスキルは少しうまくなったが、本物はあんなもんじゃねえだろ!』


 あいつらの本当のスキルの力はわかっている。今の俺には使いこなすことができない。だが、それでも十分だ――


『十分じゃねえんだよ。……だから俺が表に出てきたんだよ。そろそろ起きろ、いいか、これから王都で大事件が起きる。……それは女神教が関わっている。俺が生まれ育ったあのクソッタレな女神教だ。今のお前じゃ絶対に勝てねえ』


 レンの身体が薄くなってきた。

 俺の意識が覚醒しようとしている。


『お、そろそろ時間か。……お前は知っているはずだ。俺達のスキルを自分のモノにする方法を』


『レン? 俺は……そんなの知らない』


『……はぁ、お前は優しい奴だからな。……一歩間違えばお前の新しい大切な仲間も全員死ぬんだぜ……。だから……レン……お願いだ……、俺達の、試練を……乗り越えてくれ』


 意識が急速に覚醒する。

 目覚めると、そこは修練所であった。

 ほんの一瞬だけ俺は気を失っていたようだ。他の生徒は撤収している。


「セ、セイヤ! 大丈夫……? 本選が終わったら倒れちゃったんだよ……」


 リオが心配そうに俺の覗き込む。少し近くて恥ずかしい……。

 姫もマシマもメルティもそばにいた。修練所の隅っこではサトシ先生がカケルと話している、


「あ、ああ、大丈夫だ。その、ち、近い……。」


「あっ、ご、ごめん……。あっ、お水持ってこようか?」


「いや、教室に戻って帰り支度をしよう」


 俺達は自分たちの教室に戻ることにした。




 教室に戻ると生徒たちが気まずそうな顔でこちらを見ている。


「ほ、本選どうなったか聞いてみろよ」

「え、俺? き、気まずいだろ」

「動画が見れなかったんだよね。メルティなら聞きやすいんじゃない」

「そうだ、メルティだ! おーいメルティー!」


 メルティだけがもみくちゃにされ、俺達は自分たちの席につく。この後、俺とリオはギルドでアルバイトがある。


 レイドバトルというものに参加するんだ。ピピンと合流して――

 段取りを考えていたら、頭の中で声が響いた。


『んだよ、いちゃいちゃしやがってよ。かーーっ、セイヤ青春してるじゃねえかよ。ていうか、女の子ばっかりじゃねえか……。マジでハーレムってやつか?』


 と、その時頭の中でくっきりとレンの声が聞こえてきた。こんな事は今までありえなかった。


「レン? お前どうして……?」


『あん? 決まってんだろ。『俺の試練』の時間だ。……いいか、お前は今から俺のスキルしか使えねえ。中途半端な姿見せんじゃねえぞ! 来るぞ、来るぞ、やばい奴らが!!』


 今からレンのスキルしか使えない、だと? 


 その瞬間、妙な気配が学園を包みこんだ――

 そして、教室に現れたのは武器を装備した白衣の女たちであった。


 誰かが叫ぶ――


「め、女神教徒だ!!」









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