王の剣ギルド
サトシがそう言うと教室にざわめきが起こった。
「え、マジでサトシさんからのヘッドハンティング?」
「……王国ランキング二位からの誘いじゃん! すげえよ!」
「確かサトシさんって冒険者ギルド持ってるでしょ?」
「ああ、王国最上位ギルド【王の剣】だっけ?」
「そこに入れるだけですごい出世じゃん!」
俺が訝しんでいる顔をしていると、姫が耳打ちをする。
「……王の剣は王族に意見を進言できるほどの力を持っているわ。私のお父さんも王の剣には絶対的な信頼があるけど……、ちょっと怖いのよね」
サトシは俺を見つめたまま動かない。俺の返事を待っているんだ。
カケルが顔色を変えずに俺に言った。
「サトシ君はいい人である。どん底の俺にアドバイスをくれて拾い上げてくれた人だ。セイヤ君と言ったかな? ……とてもかっこよい名前だ。どうかギルドに入って俺と友達になってくれ」
サトシはカケルの事を止めない。好きにさせていた。
カケルからは何も感じない。敵意も好意もない。無しかなかった。
「……友達はいきなりなるもんじゃないだろ? 色々経験して積み重ねて友達になるんだ。……まあ、ギルドに入る気はないが、カケル先輩、本選ではお手柔らかに」
「入らないのか? ……お、俺が変なヤツだからか? 俺は……不器用だから人とうまく接する事が出来ないんだ。……クラスでも浮いている。だが、お前からは何故か同じ匂いを感じる。きっと仲良くなれる気がする」
「カケル、もういい。彼はギルドに入る気はないらしい。残念だが仕方ない。……君らはこれからも先輩後輩同士仲良くしろ。……セイヤ、後悔はないな?」
その問は過去の俺に聞いているようであった。
奴隷時代、こいつが俺をいたぶる事はなかった。凄まじいまでの修練を課しただけだ。
……サトシの本心がわからん。
「ああ――」
サトシはカケルの肩をつかんで、教室から引き上げた。
教室の温度が元に戻った気がした。
俺は気になることがあり、廊下へと向かってカケルに、後ろから問いかけてみた。
「――マーボー豆腐、ハヤシライス、杏仁豆腐、海鮮チャーハン、それに、おやつのあんドーナツ――」
カケルはほんの少しだけ表情を変えた。
「ふむ、給食か……、冷やし中華に冷麺、ヤキニク定食、カレーライス……、懐かしいな。食べるのだけが楽しみであった。俺しか卒業できなかったがな……」
二人は廊下から歩き去っていった。
俺は奴隷時代を思い出して、心が嵐のようになってしまった。
「あわわ、セ、セイヤ、顔色が真っ青だぞ!? ほ、保健室へ行くか? わ、私が肩を貸して――」
マシマが俺の顔色を見て慌てていた。
俺は手をあげて答える。
「問題ない。少し休めば……」
わからない事が多い。
ただ一つわかる事がある。
あいつは俺と同じ場所にいた奴隷だ。
卒業が何を指しているかわからないし、あいつの事を見たことがない。いや、身近にいたのか?
動画で見ただけでは表面的な強さしかわからないが、あいつは――強い。
サトシの目的もわからん。あいつは俺が奴隷で、記憶があると認識している。
何がしたいんだ? あいつは学園長の手下じゃないのか?
「ねえ、セイヤ、あの人って知り合いなの? 私たちには目もくれなかったよ。……ほんの少しの変化しかなかったけど、セイヤの事を懐かしそうな顔でみていたよ」
弁当を食べ終わったリオは俺に言った。
「……知り合い……なのか? 俺にはわからん。だか、確かに懐かしい感じがした」
きっと戦えばわかる。俺達はあの場所では戦う事だけが目的であったから。
昼休みになると、俺は少し考え事をしたくて屋上へと向かった。
リオは少し心配そうにしてたけど――
「俺はリオを信じている。……だからリオも俺を信じてくれ」
と言ったら、リオは少しだけ頬を染めて俺を見送ってくれた。
リオと話すと心が落ち着く。
まだ出会って少ししか経っていないけど、ずっと前から知っているみたいだ。
学園の屋上は特に出入りを禁止されていなかった。
それでもこんな寒くて風が強い日には人はいない。
俺は屋上から空を見上げた。
寒いけどとても綺麗な青空であった。
俺が奴隷をしていた時は、空なんて見えなかった。
あの場所で、初めは誰とも仲良くなれないと思った。同じ奴隷だけど、どうせ小等部の時みたいに俺はいじめられると思っていた。だが、俺達の班はすごく仲良くなった。
色んな国から連れ去られた特殊なスキルと魔法を持っている子供達。
東方国家のキサラギは料理が得意だった。給食当番奴隷として、奴隷たちの料理を作っていた。
キサラギの料理は味が濃くて不思議な味がしたけど、すごく美味しかった。
俺やレンは魔力を隠していた。というよりもうまく使えなかった。
お調子者のレンはいつもふざけているけど、やる時はやる男であった。
姉御肌のアカネはいつも俺達の面倒を見る。寡黙なレンの事が好きなのに素直になれないでいた。
奴隷の労働は辛かったし、実験や鍛錬は死と隣り合わせだったけど、ご飯もちゃんと出るし、仲間もいたから心は落ち着いていた。
他の班とも交流があり、あの場所が俺にとって一つの世界になっていた。
だが、楽しい生活は……終わるものであった。
『そろそろ貴様らも育ってきたな。どれ、奴隷同士で殺し合いをしてもらうか』
――学園長のその一言が引き金だった。
俺は胸に手を当てる。
心の中に奴隷仲間たちがいる。まだ生きているんだ。学園長の魔力を奪えれば復活できる。
学園長に対する憎しみはある。
だが、俺は憎しみよりも、なぜあの場所で俺達が集められて、殺し合いをしなければならなかったのか知りたい。
脱出の道を選んだ俺の班は間違っていたのか?
……生きるって難しいな、アカネ。
――空気を切り裂く音が聞こえた。
俺は振り向かずに手で何かを受け止める。東方国家で人気のおにぎりであった。
感嘆の声が聞こえてきた。
「おお、潰さずに受け止めるとは素晴らしい。流石、最強候補だった第48班の一人だ」
最強? そんな風に言われていたのか?
第48班は俺の班の番号だ。
「お前は何班だったんだ?」
「ふむ、俺は少し特殊だったからな。サトシ班と言っておこう。まあ、あの場所の話はやめて飯でも食べよう」
「い、いや、お前から言ってきたんだろ? 調子狂うヤツだな」
「む、そう言えば俺の方が年上だが、敬語を喋らないのか? 俺のクラスメイトは俺に敬語を使ってくる……、少し寂しい気持ちになる」
「なんでお前に敬語を喋らなければならない。お前が年上でもあの場所の同期みたいなものだろう?」
カケルの眉毛が少しだけピクリと上がった気がした。
心なしか口角が上がっているのか?
「ふむふむ、そうかそうか……、ふふ、敬語を使わないのは悪くない。セイヤ君……、俺の悩みを聞いてくれないか? 俺は――」
何故かそこからカケルの人生相談が始まった。
戦う事しか経験をしていないから、普通の生活がわからない。それにサトシ以外の人と話したことが無いから対人コミュニケーションが崩壊している。親も兄弟もいるのかさえわからない。不器用な自分を直したくてクラスメイトと話そうとしても失敗する。
カケルの事を知っている風な女子生徒がつんつんしながら絡んでくるらしい……。
……なんだか微妙に自分を見ているようであった。俺よりももっと不器用だ。
「――っと、失礼。俺の事ばかり話してしまって……。ふむ、もしよかったら東方料理がうまい店があるのだが……、本選が終わったら行かないか?」
なんだか、構えていた俺が馬鹿らしくなった。こいつは不器用なだけの男だ。
「……ああ、終わってからだったら問題ない」
「それは本当か! ……セイヤ君、君はいい人だな」
カケルはこの時、初めて口元に微笑みを見せた。
感情が初めて感じられた。
とても嬉しそうな気持ちが俺に伝わってきた――
俺は奴隷時代の仲間を思い出して、あの場所を懐かしむ気分になれた。
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