水晶動画


 午前中の授業はあのバトルロイヤルの時間に当てられていた。

 思ったより早く終わってしまった俺達のクラスは教室で自習を言い渡された。

 生徒達は自分の水晶通信を使って学園のサイトへ魔力インログインをして、他のクラスの戦いを静かに見ている。

 

 各模擬戦場には水晶監視カメラが設置されてあって、リアルタイムで戦いを観ることが出来る。過去動画も再生可能だ。


 クラスメイトたちはどうやら午前中の戦いがトラウマになったらしく顔色が悪い。


「……もう関わらない方がいいだろ」

「ああ、あいつはヤバい。それにリオも……」

「メルティはあいつら側に行っちゃったか……、不幸そうで可愛かったのに……」

「やっぱ、ハルカ先生をボコったのって本当だったんだ」

「いや、あれは不正だろ?」

 」

 俺とリオは周りの声を気にせず早弁当していた。

 軽く運動したら腹が減った。

 それにしてもみんな過剰すぎる反応だ。……まだ大丈夫だ。俺が特殊な力を身に着けているとバレていない。……大丈夫だよな?

 

 弁当を食べていると姫とマシマが周りの目を気にしながら俺達のところへやってきた。

 

「どうした? 俺の唐揚げがほしいのか?」

「ち、違うわよ! ふぅ……」

「え? くれるなら私は食べたいのだが……」


 小さく深呼吸をしている。俺の事をチラチラと見ながら、俺の机の上に高級水晶タブレットを置いた。姫の後ろではマシマが隠れるように様子を伺っていた。


「ね、ねえ、一緒に、じょ、上級生の試合を見ない? マ、マシマ、あんたも解説聞きたいんでしょ?」


「う、うむ、わ、私は戦闘音痴だからセイヤの解説を聞きたい」


 俺は姫が誕生日の時にくれた魔法のティーシャツをインナーに着ていた。ユニプロ社の新製品で、身体の魔力伝導率が少しだけ上がる。着心地もよくて素晴らしいものであった。



 子供の頃は、破れたシャツしか着ていなかった。

 補修した大切なシャツが体育の時間に戻った時に引き裂かれていた時は泣きたくなった。俺だけ汚れた体操服で一日を過ごした。


 そう言えば、あの時――俺の下駄箱の中に、破れていないシャツが下駄箱にグシャグシャに丸めて置かれてあった。泥で汚れていたけど、明らかに新品で……マジックで『あんたのよ!』って小さく書かれていた。俺は家に帰って、知らない誰かに感謝をしながら洗濯をした覚えがある――


 ――ユニプロ社のTシャツにも……『あんたのよ!』って小さく書かれてあった。


 もしかしたら俺がちゃんと小さな頃を思い出せば、消したくない思い出があるかも知れない。



 姫のプレゼントはそれ以外に、過去の俺の誕生日の時に渡せなかったものをまとめてくれた。

 筆箱、上履き、靴下、ノート、遊戯用ボール、冒険者カードゲーム……。


 昔の俺が欲しかったものばかりであった。

 俺は少し懐かしい気持ちになって姫を見つめた。


 姫は少し焦りながら俺に言った。


「あ、わ、私たちいない方がいい?」


 俺のせいじゃないのに、なんで俺の胸が締め付けられる?

 人は間違うものだ。俺も間違えていたんだ。だから、俺も姫も少しずつ歩みよればいい。

 これから新しい関係を始めればいいんだ。


「構わない、それに……姫がいるとリオも喜ぶ」


 姫は噛みしめるような笑顔をしていた。

 そして、マシマの手を引っ張る。

 マシマが前に出た。


「わ、わ、わ、私は……、そ、その……、私のせいで面倒な選考が始まって……、その、迷惑を……」


 相変わらず面倒な女である。

 でも、本人は至って真面目なんだ。真面目過ぎて自分を殺していたんだ。

 ……騎士団長の娘か。騎士団長はどんな人なんだろう? いつか聞いてみたいな。


「――問題ない。マシマも一緒に見よう。解説してやる。面倒なのはいまさらだ」


 俺が軽く頷くと、マシマは頬を赤くして、姫の後ろから映像を観始めた。

 リオがなんだか嬉しそうにタブレットを指差しながら言った。


「うん、始まるよ! みんなで見ようね!」


 姫が高級水晶タブレットを起動させた。







 流石に上級生のクラスの戦闘はレベルが高かった。冒険者のアルバイトをしているのか、実戦慣れしている生徒が多数いる。


「S級冒険者レベルの魔法だ。あのパーティーは優勝候補だろう」

「あれは東方の術を使っている。魔法と原理が違うが、防御力が著しく低くなる」

「この学園の生徒会長か。なるほど、冒険者ランキング上位なのも頷ける」


 俺が解説するとマシマが嬉しそうに目を輝かせる。……マシマは本当に不器用な女の子なんだろう。マシマは弱いわけではない。ハルカ先生がマシマを俺に叩きつけても死ななかった。あれは普通の生徒なら身体の中がぐちゃぐちゃになって死ぬ勢いだた。


 もしかして俺の全力攻撃を食らっても死なないんじゃないか?


 その癖、攻撃力は恐ろしく低い。それに指揮能力も低い。……仲間が必要か。



 とあるクラスの戦闘でリオは声を上げた。


「ねえ、この人……、手を抜いているよね?」


 姫とマシマは首を傾げるだけで、答えられないでいる。


「ああ、魔力をほとんど使っていない。体術だけで全員のしてしまったな。こいつ以外誰も残っていないぞ? ……友達いないのか」


「ね、他の生徒全員が彼に襲いかかっていたよ。『死ね!』とか『お前だけは!』とか言ってたね」


「淡々と倒していたな。動きに無駄がない。……しかし、どこかで見た事がある動きだ」


「えっと、このクラスは彼以外の生徒が戦意を失くしちゃって、彼しか本選に出ないんだって、珍しいクラスだよね?」


 そういうパターンもあるのか。まあ学園の代表を決めるだけの戦いだ。きっと適当なんだろう。それだけ彼は他の生徒を圧倒していた。見た限り、三年の中で彼より強い男はいない。

 面倒だから棄権したい……。


 リオがもじもじしながら俺に言った。


「えっと、せっかくみんなで本選に出れるんだから、頑張ろうね……? わ、私、みんなでこんな風にレクリエーションするの初めてで……、一年生の頃は球技大会とかも球拾いで終わっちゃって……」

「よし、全力で頑張ろう」


 リオがそう望むならみんなで楽しく戦えばいい。力を制限する中で全力で挑もう。


 そうと決まれば、次の弁当を……。

 俺とリオが新しい弁当を食べようとした時、教室に誰かが入ってきた。






「――失礼する。ヒラノ・セイヤはいるか?」


 声だけで人を威圧する力があった。凛々しい顔は王国イケメンランキング二位を誇る。

 ナンバーファイブ最強であるサトシが教室に入ってきた。


 サトシの後ろには先程の動画で映っていた男子生徒がいた。

 無表情で整った顔をしてる。なんだ? 感情が全く感じられない。


 サトシは教室を見渡すと、俺のところで止まった。

 一瞬身体に違和感を感じた。嫌な空気が俺の身体にまとわりつく。

 俺はひと呼吸をしてそれを払った。


「……お前か、なるほど……、【鑑定】をキャンセルするとは、な」


 サトシが俺に近づく。【鑑定】はレアスキルの一種である。スキルを持っている事自体レアであるが、鑑定はその中でも優れたスキルとして重宝される。


 ――観られるのは好きじゃない。


 サトシは俺に近づいてきた。

 ただ歩いているだけでその強さを感じられる。なるほど、こいつは……予想以上の化け物だ。

 学園長よりも遥かに格下だと思っていたサトシだが……、王国ランキングバトル動画で感じた強さよりもヤバい。あれは手を抜いている。


 キサラギの直感スキルで俺は感じ取った。


「サトシ先生……、なんのようでしょうか?」


 サトシはにこやかな笑顔で俺に答えた。


「ああ、うちのクラスで勝ち抜いたカケルがどうしても君を見たいって言ってな。――俺も昔から興味があってな……あの場所で生き残ったお前をな」


「なんに事だかわかりません。俺、記憶なくしてるんで」


「そういう事にしておいてやろう。……全く、演技が下手な男だ。カケル、話したい事があんだろ?」


 そんな事はないはずだ。俺の演技は完璧……、もしかして下手なのか? あとでスミレ先生に確認しよう。


 カケルと呼ばれた生徒が前に出てきた。


「――ふむ、俺の名はカケル。すまない、俺は無愛想に見えるが勘弁してくれ。どうやら君がこの学園で一番厄介そうだから確認しにきた」


 隣にいた姫が小さな声で呟いていた。

「……え、な、なんかヤバ。っていうか、こんな先輩いたっけ?」


 絶対聞こえてないと思える小さな声量のつぶやきなのに――


「俺は先月からこの学園に通っている。とある場所を卒業した褒美として学園生活を楽しんでいるんだ。――俺の目標は友達を作る事だ」


 カケルは感情を見せずに姫に答えていた。


「え、あ、いや、なんかごめんなさい……」


「ふむ、君はなんで謝っているんだ? わからないから俺に教えてくれないか?」


「カケル、そのくらいにしておけ……、少し変わったヤツだが、実力は中々のものだ。俺の一番弟子だからな。……ところで、セイヤ――」


 サトシが俺を呼んだ瞬間、教室の時間が止まったような気がした――

 実際は止まっていない。威圧感がそうさせる。



「俺のギルドに来て、俺の弟子にならないか? 学園長を超える強さを手に入れたくないか?」



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