過去の仲間たち



「――というわけでスミレ先生は俺の協力者になっているんだ」


 誕生日パーティーは心から素直に楽しめた。

 いまだにマシマと姫とはどう接していいかわからないけど、リオが間を取り持ってくれたおかげでどうにかなっている。


 そして、パーティーの片付けを終えて、簡単なお茶と焼き菓子を食べながら話し込んでいた。


 正直、俺は過去の誰にも話すつもりは無かった。

 だが、俺はわかったんだ。抱えすぎると心が爆発して取り返しがつかなくなる。


 ――だから、奴隷仲間も学園生活を普通に楽しんで友達を作れって言っていたんだ。


「聞いてくれ、俺がこの五年間どんな経験をしたか――」




 ***




「起きろってんだよ! お前新入りだろ? こんな所で寝てっと風邪引くぞ!」


「レン、やめなさいよ! 感電魔法で気を失ったんだから」


 目を開けて周りを見渡すと、そこは無機質な部屋だった。俺の眼の前には同い年くらいの男の子と女の子がいた。


「お、目が覚めたな! 俺の名前はレン! 最強の男だ!」


「あんた調子乗らないの! この子困ってるじゃないの。……私はアカリ、状況がわからないと思うけど、落ち着いて聞いてね」


「う、うん……」


 元々人見知りな俺はアカリという女の子の言う事を聞くことしか出来なかった。

 どうやら俺は王都で流行りの人さらいにあったみたいだ。

 そして、ここは攫われた子供たちが集められている場所。


 攫われてしまった。……また親に迷惑をかけてしまう。真っ先に思い浮かんだのはその思考だった。


「か、帰らなきゃ……。ぼ、僕、家の掃除が……」


「ばっか! 何言ってんだっての。帰れねえから俺達も困ってんだよ。ていうか、マジでここ地獄だぜ」


「レン! 脅かさないの! ……とりあえずこの子にここの生き方を教えないと」


「おう、お前何が出来るんだ?」


「ぼ、僕は……何もできない。……ただの役立たずだよ。攫われても誰も悲しまないよ……」



 そうだ、僕は役立たずなんだ。攫われたのも仕方ない。ここで死ぬ運命なんだ……。


「このバカちんが! 自分を卑下すんじゃねえよ! てめえがいなくなって悲しむ人はぜってーいるんだよ! ……ていうか、魔力強えじゃねえかよ。いいか、ここでは戦いが全てだ」


 その時チャイムのような音が鳴り響いた。


「くそ、時間じゃねえか⁉ ど、どうすんだ? まだ説明出来てねえぞ!」


「し、仕方ないわ。戦いながら説明するから付いてきて! 私達48班の他の仲間も紹介するから!」


「てめえ名前なんていうんだ! 俺はレンだ!」


「え、えっと、僕はセイア……」


「え、何? セイヤか、よし、気合入れてくぞ、セイヤ!!!」


「や、ち、違うよ……」


 室内を出ると、そこは大きな闘技場だった。

 集められた奴隷たち。

 中央にはマスクをつけた女の人……。って、目元しか隠してないマスクだ……。でも僕には誰だかわかる。


 あの魔力と口調は――


「さあ実験の時間だよ! へへ、私の風魔法の強化手伝ってよね!」


 僕の友達の猫魔獣を殺そうとしたスミレ先生……。

 身体の中の何かが呼応する。妙な力が湧いてきた。

『にゃにゃん、力を貸すにゃん!! あいつぶっ殺すにゃ!』


 初めて、僕は戦う気力が湧いてきた。


 ――これが俺の奴隷初日の出来事だ。



 お調子者で異世界から転移してきたレン。

 しっかりもののお姉さんのアカネ。

 冷静そうに見えて激情家のキサラギ。

 僕よりも大人しい年下のタクヤ。


 他にも沢山の仲間がいた。


 ――そんな仲間たちは全員死んでしまった。


 全てを僕に託して――



 ****



 ピピンは俺の膝の上で寝ている。

 リオと姫は顔面が蒼白になり、マシマは泡を吹いて倒れそうになっていた。


 リオが一言俺に言った。


「――壮絶すぎるよ……」


 姫とマシマは自分たちがしでかした罪悪感が顔に表れ何も言えないでいた。

 俺は軽い口調で言った。


「まあ人生そんな事もあるだろう。それに俺はあの場所で奴隷仲間と出会えた。……キサラギ、アカネ、レン、タクヤ……、あいつらがいなかったら俺はここで誕生日を祝ってもらえなかった」


「そっか……、じゃあ、セイヤの目的は――」


 リオが言いづらそうにしていた。


「いや、復讐が最終目的ではない。……俺をいたぶったスミレ先生やハルカ先生を倒しても、別に気が晴れなかった。俺は……仲間たちと学園に通いたいだけだ。それが望みだ」


「うん、その望みを叶えるためには……あの学園長を……」


「ああ、俺の仲間たちを目の前で殺した学園長の強大な魔力が必要だ。俺の中の仲間たちが復活できない。……手加減できる相手ではない。現時点で勝てる見込みがない」


 俺は死にそうな人間の魔力を吸収できる。きっと俺固有のスキルなんだろう。自然的に発生した魔力は吸収できない。……だから、強大な人間の魔力が必要なんだ。


「まって、セイヤ君はハルカ先生を瞬殺したんでしょ? そ、それに私の炎の竜を消し飛ばしたんだよ? あ、あれは、特別な魔法で私が死なない限り絶対消えない炎のはずなのに……」


 俺はリオにきっぱりと言った。


「それでも勝てない。あいつは俺が唯一認める【化け物】だ」


 リオは息を飲んだ。俺の真剣な表情でそれが理解出来たのだろう。

 俺は続ける。


「俺は仲間のスキルの力を一部しか使えなかったが……リオの自殺を止めた時、俺は初めてスキルの全ての力を使う事ができた」


 アカネの氷のスキルは小さな氷弾を飛ばすだけであった。

 キサラギの武器召喚は鋭いナイフを召喚できるだけであった。


 タクヤの特殊スキルは未だにうまく使えない。

 レンの賢者スキルも一部しか使えない。


 リオが腰を浮かして俺に近づいてきた。

 そして、俺の手を握る。

 は、恥ずかしいではないか……。


「……私はセイヤに命を救われたんだ。セイヤと私は友達でしょ? だから……、私だってセイヤの力になるよ!」


「し、しかし、危険だ。それに学園長の件は関係な――」


 リオは首を振った。


「ううん、関係あるの。……セイヤが奴隷だった場所じゃないけど、私は実の親に売られて学園長の管轄する魔導研究所にいた事があるんだ」


「魔導研究所? そ、それは一体?」


「うん、子供の頃だったからよく覚えてないけど、同い年くらいの子供が沢山いて、色んな実験をしてたんだ。……色々あって施設が潰れちゃったけどね。あっ、義理の両親はすごく優しいよ……」


 俺は思わずリオの手を強く握り返してしまった。


「だ、大丈夫なのか! ど、奴隷としてひどい目にあわなかったのか!?」


「心配してくれてありがとう。そこではセイヤ君みたいに奴隷じゃなくて、研究対象だったから、すごく丁寧に扱ってくれたよ。……だからね、私も無関係じゃないの。だから……、私もセイヤ君と一緒に強くなる。もうこの力に怯えない――」


 あの炎の竜は異常であった。

 俺が仲間のスキルで打ち消したが、魔力だけでは絶対に対抗できなかった。


 そうだ、俺はもっと強くなる必要がある。

 そのためには――俺の心の成長が必要なんだ。


 漠然とだが、俺はそう確信した。






 **************






『それでは魔法対戦選抜を決めるための模擬戦を行います! 皆様、各クラスの上位五名に残るよう頑張ってください!!』


 俺達のクラスは学園に登校すると、いきなりスミレ先生からナンバーズの修練所に集まるよう言われた。

 スミレ先生によると、一部の貴族から抗議が入った。選抜メンバーの選定の不正や辞退、献金問題、それに弱いメンバーが多数いる事への不安、等々。


 流石に学園もまずいと思ったのか、再度選考をすることにしたらしい。

 選抜メンバーの提出まであと数日しかない。

 というわけで、この二日間で選抜メンバーを決めるための競技を行う事にしたらしい。


 ナンバーズの修練所は、あの場所の実験で完成された想像空間の技術を応用しているのか、修練所で生徒同士が戦って傷ついても、終わったら傷一つない。精神的に疲弊するだけだ。



「え、いきなりすぎじゃね?」

「戦えって言われても……」

「選抜になったらスポンサーの金使いたい放題らしいぞ」

「名誉ある事だもんね。うん、頑張る!」

「就職でも有利になるし、憧れの騎士にもなれる……」

「無条件で大学進学できる……」



『早く戦ってくださーい! バトルロイヤルだから生き残った五名が予選を突破して、午後の本選に出るんだから! 時間ないのよ!? マジで!』


 少しキレ気味のスミレ先生。そんなんだから婚期を逃すんだ。

 この前もお見合い失敗したって聞いたし。


 面倒だな……、早く終えて弁当を食いたい……。





 ************



 


 私、メルティは運がない女の子であった。

 毎日必ず犬の糞を踏んでしまう。3日に一回は鳥のうんこを肩に受ける。

 セイヤから臭いって言われてかなりショックだった……。


 それでも、このクラスには平民がいるから、下級貴族の子女である私はギリギリいじめられる事がなかった。

 私はいつも仮面を被ってこのクラスで要領よく過ごしていた。

 でも……なんか疲れちゃったよ。

 ひょうきんもののフリをするのは簡単だけど、セイヤを見ていると、なんだかどうでも良くなってきた。

 選抜になるのも興味がない。私は普通に生きたいだけの普通の女の子だからね。


 クラスメイトの適当なグループの後ろでやり過ごせばいいや。

 男子生徒が随分と気合入っている。あ、この子この前闇金融で借金して首が回っていないって聞いた。お金目当てなのね。


「いいか、リオとマシマ、姫が三人で固まっている。マシマは弱えけど、あいつの補助魔法は意外とやっかいだ。強化された姫とリオと戦うのは愚策だ」

「ああ、数の暴力で襲いかかって引き離すのもいいけど、とりあえずボッチの奴らを狙おう」

「ていうと、セイヤを狙うのか? ……ボロボロのハルカ先生を見ただろ!?」

「まあまて、あれは本当にあいつがやったのか? 本人も否定してる」

「そうだね、セイア君は昔からそんなに強くなかったもんね。この前の授業だって――」

「――しょぼいファイアーボールを飛ばしてただけだろ」

「この人数でやればイケるだろ? それに、あいつ調子乗ってるからムカつくし」

「確かに、ちょっとイケメンだからって……」


 クラスメイトの殆どはセイヤを狙うみたいだ。

 存外やる気に満ちあふれている。何十人で一人の生徒を狙うって……、ちょっと卑怯だよね?


 とは言っても、私もクラスの空気に逆らえるわけじゃない。それに、セイヤの事は……、本当は嘘告白なんかじゃなかった。淡い初恋だった。

 冗談で言葉を濁したけど……、罪悪感が胸を締め付ける。


 だけど、私は生徒たちを止めることなんて出来ない。だって、普通の女の子には無理だよ。

 生徒たちは戦闘態勢に入った。


 待ち構えるマシマ達。姫は準高位魔法師の資格を持っているから超強い。それにリオだって魔法授業で未知数の力を見せた。

 マシマは剣技と攻撃魔法が全然だけど、守ることに関しては上位レベルだ。


 セイヤは修練所に生えている草を物珍しそうに見ていた。

 まるで戦う気がない。

 ……あんたが一番怖いわよ。


 私は魔力を高めているフリをする。適当に戦うフリをして負けたフリをすれば――






 何十人の生徒がセイヤに襲いかかった瞬間、先頭にいた借金男が盛大に宙を舞った。

 魔力の反応がない。た、体術だけで武装した生徒相手に戦ってるの!?


 爆撃のような魔法がセイヤに襲いかかる。セイヤはその魔法を殴り飛ばして消してしまった。セイヤが動くたびに生徒が弾けるように宙へ舞う。


「な、なんだよ!? 意味わかんねーよ!」

「ひ、怯むな! ま――」


 生徒たちは声を上げる暇も無く、空間の壁に埋まってしまう。

 地面に埋まるものもいた。


 本当に一瞬であった。

 私以外の生徒たちの身体が空間から消えていた。生命活動の危険レベルに達した証だ。


 セイヤを諦めてマシマたちに向かった生徒たちも、一瞬で丸焼きにされて終わっていた。



 気がつくとセイヤは私の目の前にいた。

 正直ちびりそうになる。


「む? メルティからは敵意が感じない。……まいったな、残るつもりはなかったのに。これは辞退できないのか?」


「わ、私だって選抜になんかなりたくないって! ていうか……」


 私が何かを言う前にスミレ先生が拡声器で大声を上げていた。



『はい、二年B組の選抜予選は終了です! えっと、セイヤ君、リオさん、シャルロットさん、マシマさん……、あとメルティさん! 本選も頑張ってね!』



 え、わ、私残っちゃったの!? マジ……。

 セイヤは私の肩を叩いた。


「よくわからんが、本選もよろしく頼む」


 少しキュンとしちゃったけど、そのメンバーに入るのは絶対イヤよ!? わ、私弱いんだから!!


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