友達は猫魔獣


 学級裁判。


 俺が小等部の頃、何度も行われた地獄のようなイベントだ。

 裁判とは名ばかりで、俺は教壇に立たされていわれの無い悪事を糾弾されるだけであった。


『せんせー、私たちはセイア君に言われただけですー』

『うん、姫のかばんを隠せって言われました』

『花壇のお花を引きちぎっているセイア君を見ました』

『私、セイア君に意地悪されてました』

『俺なんかセイアに殴られたぞ。ほら、この顔を見ろよ』

『魔獣と遊んでいるのをみかけましたー。これって違法っすよね』


 嘘と事実を織り交ぜた糾弾。

 俺はクラスメイトから命令されて姫のかばんを隠した事があった。

 裏山で猫魔獣と遊んでいた事もあった。


 何が本当で、何が嘘かわからなくなる。

 俺はずっと立たされる。先生はずっと俺を叱りつける。

 大人の怒りは子供にとってひどく辛いものであった。

 心が萎縮する。心が壊れそうになる。


 俺は謝罪と反省の言葉を延々と繰り返し、地獄のような時間がすぎるのを待つ。

 一分がひどく長く感じられた。

 謝罪の言葉を述べながら、頭の中では、裏山で出会った猫魔獣の事を考えていた。



 ボロボロの猫魔獣は初めて出会った時、瀕死の重症を負っていた。何だか雰囲気が他の魔獣と違っていた。すごく人間味を感じられたんだ。だから俺は怪我の手当をしようとした。 

 傷だらけになりながらも猫魔獣の手当てした。


 カバンの中に入っていたクッキーを上げたら凄く喜んだんだ。

 その月の給食費を保健室のおばちゃん先生に渡して、治療薬を貰った。

 親にバレないようにその月の給食を無しにしてもらった。


 小さな猫魔獣はどんどん元気になり、学園の裏山を駆け回る事が出来るようになった。

 俺は毎日学園が辛かったけど、放課後、猫魔獣と会えるのだけが楽しみだった。


 お腹が空いても構わなかった。だって、猫魔獣と遊ぶ時間だけが、俺にとって唯一の安らぎの時間であったから。




 学級裁判の後、先生と生徒は、俺が隠して治療した猫魔獣を探すために裏山へと向かった。

 俺は怖かった。初めて出来た友達が……猫魔獣が殺されるんじゃないかって……。


 いつもいる場所に着いても猫魔獣は現れなかった。

 安堵している俺を見て、姫は言い放った。


『あんたが違法な事をしてたら牢獄送りになっちゃうわよ! 魔獣いるんでしょ! 呼びなさいって!』


『い、いないよ。ふ、普通の猫ちゃんと遊んでいたんだよ』


 俺は姫から平手打ちを食らった。生徒たちはそれを見て笑うだけだ。

 そんな時、俺のうめき声を聞いてか……、猫魔獣が唸り声を上げて現れた。


 ――来ちゃ駄目だ。俺みたいに殺されちゃう。


 俺はこの時そう思った。きっとすでに心が死んでいたんだな。


『――ウィンドアロー!』

『にゃにゃんッ⁉』


 先生の魔法が猫魔獣の身体を貫いた――

 俺の事を拘束している同級生たちを振り解いて、猫魔獣に近づく。

 血が一杯でている。今にも死んでしまいそうであった。俺の、友達、猫魔獣……ピピン。名前、考えてきたのに、ごめん、ごめん、ごめんなさい……。


『はぁ、これで裏山の平和が守られたぜ』

『やっぱ先生の魔法って強いよね』

『魔獣なんかと仲良くしちゃってさ、あいつヤバいよ』

『さあ、行きますよ――』


 先生が生徒たちに声をかける。

 姫は俺の肩を掴んだ。


『……セ、セイア、帰ろ? きょ、今日は自由都市で人気のクレープおごってあげるわよ……』


 いつもよりも少し優しい姫の声。俺は返事も出来ずに、血だらけの猫魔獣を抱きしめながら泣き叫んでいた。

 姫も諦めたのか、その場には俺と猫魔獣しかいなくなった。




 俺はその時、猫魔獣を抱きしめながら心の中で願った。

 俺の命なんてどうでもいい。猫魔獣を、俺の友達を助けてくれ――


 思えば、それが俺の初めてのスキルの発動だったんだ。

 頭の中で歯車がカチっという音が聞こえた。


『にゃ? にゃにゃ?』


 の猫魔獣の身体が光輝いて、光が俺の身体の中へと入り込む。

 直感で理解した。猫魔獣のもつスキル、魔力の一部が俺の力へと変換される。


 そして、光が収束すると、そこには猫魔獣の姿が無かった。

 心の奥から声が聞こえた。

『にゃー、ありがとにゃ。一緒に遊べて楽しかったにゃ。……僕はまだ生きているにゃ……、いつか……、会いに……来てにゃ……』


 猫魔獣の声が聞こえなくなった。だけど俺の胸の奥から感じる。

 生きているんだ――

 俺の中で――。


 俺はその事実に喜んだけど、どうすればいいかわからなかった。

 だけど――




***




「今はもう子供じゃない――」


 俺は懐かしい裏山で一人佇んでいた。

 俺と猫魔獣が過ごした平穏な日々。魔獣なのに言葉が喋れて、面白い話沢山してくれた。


 大好きだった猫魔獣。


 今も心の奥から猫魔獣を感じる事ができる。

 取り出すすべも今は理解できた――


 猫魔獣も――俺の仲間たちも――心の檻に囚われている姿を夢で見る。


 ――まだ生きている。それが俺の支えだ。





 誰かの足音が聞こえてきた。

 俺が振り向くと、そこには担任の先生が立っていた。


「セイア君、あっ、今はセイヤ君だっけ? ねえねえ、なんで裏山にいるのかな? ここは魔獣が出るから危ないよ?」


 先生はニコニコと笑っていた。だが、俺は忘れない。この先生はひどく冷酷で、生徒達を駒としか見ていない。


「はい、先生こそどうしました」


「うん? 先生は魔獣の駆除をしに来たんだよ! あっ、セイヤ君も前に魔獣に襲われて大変だったんだから、先生が助けたんだよ!」


「そ、うですか……、記憶にないからわかりません」


「ふーん、……拉致されたときの記憶も全然ないんだもんね?」


 俺は国家保安部隊の調査でも、記憶が無いで押し通した。

 実際、変な装置で真偽を確かめられたが、スキルでやり過ごした。


 俺は学園を平穏に生きる。それが俺の仲間の望みだった。

 だけど、俺の目標は違う――


 先生の目つきが変わる。生徒を見る目つきから――冷酷な目つきへと変わった。

 あれは俺をいじめていた時の目だ。


「――はぁ、記憶が無くても殺せばいいのに。上は慎重なんだからさ、っていうか、あの地獄から戻ってきたんでしょ? 仲間を犠牲にして。はぁ、セイヤ君あそこにいた時も大した強さじゃなかったし――」


 ここに一人でいれば先生が確かめに来ると思った。

 先生は俺が嫌いだ。目つきも顔も態度も気に食わないらしい。

 あの地獄にいた時も散々魔法の実験台になった――


「先生何を言っているんですか? 俺は――」


「うん、何も知らずに死んでほしいかな? バイバイ、【ウィンドアロー】」


 あの地獄で何度も食らった風魔法。

 俺の友達だった猫魔獣を殺した風魔法。

 魔導学園の先生は、魔導を追求する変態たちの集まりだ。

 教育者の皮を被った悪魔たち。

 その実力は冒険者ランクSSSを軽く超えている。

 全ての先生は二つ名の持ち主である。



 俺の眉間めがけて強烈な風の刃が――直撃した。


 走馬灯のように猫魔獣との思い出が蘇った。

 俺の腹の上に乗って顔をなめる猫魔獣、遊び疲れて俺の横で眠りこける猫魔獣、俺にいろんな話を聞かせてくれた猫魔獣。


「……はっ?? わ、私の風魔法は実験によって強化されてんのよ!? む、無傷はありえないしょ!? あ、あんた小等部の頃と魔力量が一緒だったでしょ!」


 ああ、それはおばちゃん先生の勘違いだ。すまない。

 先生が次の魔法を放つ前に、無傷の俺は距離を詰めた。


「――っ」


 先生は俺の速度に付いてこれない。猫魔獣のスキルである【俊足】――

 俺は右手をコンパクトに振るった。手の先を爪に見立て、先生の首筋に狙う。



「――刎ねろ【首刈】」



 絶望の表情に染まった先生の頭が――宙に舞った。





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