仮初の家を捨てる
首と胴体が離れた先生からは僅かな魔力を感じる。
さすが学園最高峰の魔力の持ち主だ。とっさに回復魔法をかけたのか、絶妙なバランスで死のふちから脱している。
「はぁはぁ、わ、私を殺したら……、ほ、他の先生が黙ってないわよ……。この学園の先生は化け物揃いだからあんたなんて……、え? な、なんで? 通信魔法が使えないの!?」
先生は首だけで喋っていた。
俺は先生がこの場所へ来た時から薄い結界を張っていた。
ここで起こったことは俺たちしか知らない。
「大丈夫だ。あの場所にいた奴らは全員復讐する――」
「や、やっぱり、記憶があるじゃん……、あの極悪保安部隊の調査をすり抜けたの!? てか、なんで逃げられたのよ!」
俺は先生の問いに返事をせず、力を集中させた。
先生の頭が光りだす、その光を俺は吸収して――
「い、いや!? わ、私の魔力が……、そ、その力は――」
――猫魔獣は俺の身体の中で生きている。
復活させるためには膨大な魔力が必要だ。普通の魔力では駄目だ。死ぬ寸前の決死の魔力だ。感覚でわかる。この魔力量ならば、猫魔獣を復活させる事ができる。
だから、俺はあいつらを生き返らせるためにはもっと強い奴を倒す必要がある。
光を吸収すると突然めまいがして、俺は地面に膝をつけた。
気がつくと、小さな部屋に俺は一人立っていた。
よく夢でみる部屋だ。いくつもの扉があるだけの部屋。
一つの扉が光っていると気がついた。俺は手に持っている先生の魔力を扉に向けると――
――扉が開いた。
意識が急速に覚醒する。
俺は地面に膝を着いたままであった。
「えへへ、久しぶりだにゃん。約束、守ってくれてありがとうにゃん――」
後ろから声が聞こえてきた。柔らかい感触が俺の背中に感じる。
灰色だった俺の世界が一瞬で変わった。
俺を後ろから抱きしめてくれる温かい存在。
俺は先生の頭を放り投げて、後ろを振り返った。
そこには、笑顔で俺を見つめている猫の女獣人がいた。……な、なぜ擬人化している? 胸がある? 男じゃなかったのか? いや、別に悪いことではないが、猫ちゃんの姿だと思ったから……。
猫魔獣と同じ匂いがする。同じ柔らかさを感じる。
姿形なんてどうだっていい。
俺は、ただ嗚咽を殺して、猫魔獣を抱きしめた――
「えっとね、ピピンは元々獣人だったんだにゃん。セイヤと出会った時は悪い魔導師に魔法で魔獣の姿にさせられちゃってたにゃ」
「そうだったのか……。俺はてっきり雄の猫魔獣だとばっかり思っていた」
真っ裸だったピピンに先生が着ていたローブを着せた。
目のやり場に非常に困る。
「うん、女の子だよ! ずっと会いたかったにゃ――」
蘇った影響かわからないが、ピピンの呪いが解けて獣人に戻る事ができた。
なんにせよ良かった。
俺は気を失っている先生の首を拾って、胴体に付けて蹴飛ばした。
回復魔法が勝手に作動して首がくっつく。
ピピンは首を傾げた。
「にゃにゃ? 殺さなくていいの?」
「ああ、お前が戻ってきてくれただけで十分だ。……それにいま殺した事が他の先生にバレると面倒だ。もう少し隠れて行動したい。利用できるものは利用するさ」
俺の仲間たちがいつも言ってくれた。
『学園生活は本当は楽しいんだぜ! 生きてここを出たら俺の国へ来いよ!』
キサラギ――
『てめえはもっとはっきり物を言えってんだよ。まあいいや、学校帰りにカラオケ行きてえな』
レン――
『恋愛もして、部活も楽しんで、そんな学園生活を送ってほしいな』
アカネ――
普通の学園生活。……俺にもきっとできるはずだ。
俺の復讐が終わったら……。それまで少し待っててれ。
俺は先生の頭を掴む。
そしてスキルを唱えた――
「【眷属化】」
「あばばばばばっ……、あ、頭が……、な、何これ……」
意識を取り戻した先生が白目を向いてのたうち回る。
「俺に逆らう意思があると、激痛が走るぞ。俺の言うことを聞け――」
「ひ、ひぃ……、は、はい、わかりました……」
その後、俺は先生にいくつかの命令を与えて、裏山から去るように指示を出した。
「にしし、やっと手をつなげたにゃん……」
笑顔で俺の手を繋いでくるピピン。
「郊外にある大きな家を安く借りる事ができた。丁度今夜には荷物を運ぼうと思っていた。とりあえずその家で待っててくれ」
「うん! ありがとう……。ずっと待ってたから、少し待つぐらい全然大丈夫だにゃん! あっ、セイヤの中でセイヤの友達とお話してたんだにゃ。みんないい人だったにゃ」
「そうか、あとで詳しく聞かせてくれ」
こうして俺たちは懐かしい話をしながら街へと向かった。
*************
「これで大丈夫だな――」
ピピンには新しい家で待っててもらい、俺は実家へと帰った。
めぼしい荷物を空間魔法で収納して、自室を出た。
廊下から姉さんであるモエのバタバタとした足音が聞こえてきた。
「あ、セイア、ご、ご飯出来てるわよ? あなたの好きなジャイアントトードの刺し身があるわよ」
それは俺の好きな料理ではなかった。俺が嫌いなのに、お母さんが安いからって無理やり食べさせていた料理だ。
「俺はセイヤです。……今日は母さんにご飯はいらないって言ってあったはずです」
「で、でも、家族なんだからさ、お腹空いて無くても一緒に食卓を囲もうよ!」
姉さんの顔を見ると、子供の頃を思い出しそうになる。
俺が学園で問題を起こすと、姉さんが親にチクる。
それが嘘の事だってわかっていても。
あれは俺がやっとファイアーボールの魔法が使えるようになったときの事であった。
クラスメイトの数人しかファイアーボールがうまく出来なかった。
俺が出来たのを見て、クラスメイトが言い放った。
『あいつ不正してんじゃん』
『魔力増幅器使ってんだろ』
『ていうか、出来ない私たちに対する当てつけ? マジムカつくじゃん』
姫は俺のファイアーボールを見て誇らしそうな笑みを浮かべていた。
マシマも何故か嬉しそうな顔をしていた覚えがある。
俺はあの時、心の中で失敗したと思った。
出る杭は打たれる。身を持ってそれを実感した瞬間であった。
結果、俺は不正したという事になり、不正した魔力増幅器はどこからか出てきた。
もちろん俺は不正していない。
でも、誰も信じてくれなかった。
姫は烈火のごとく怒り――『あ、あんた不正なんてしてんじゃないわよ! わ、私を守る役目でしょ!!』
マシマは冷たい目で『はぁ……、どうせこんな事か……』とため息を吐いて俺を見下していた。
家に帰ると、俺は両親から虐待を受けた。
『あんたは何もしなくていいのよ! 恥さらしめ!』
『姫様のご機嫌だけを伺っていればいいんだ!』
『不正をしたこの手が悪いのか? なら、お仕置きだ』
『本当にモエはよく出来た子なのに……、お姉ちゃんを見習いなさい!』
モエが話を盛って両親に伝えていた。
モエは俺が痛めつけられている姿を見て、影で笑っていた。
そんなモエは、俺が痛めつけられている最中――
『あんた、私の宿題やっておきなさいよ。あと、サーティーズのアイス買ってきなさい』
歩いて一時間はかかるお店のアイスを買えと、傷だらけの俺に言う。
アイスを買うくらいどうって事無い。
だけど、違うんだ。モエは俺が嫌がる姿を見るのを楽しんでいるだけなんだ。お姉ちゃんってなんだろう? 家族ってなんだろう?
俺は心を殺して、『……はい』と返事をした覚えがあった。
でも、なんで誰もいない時は傷の手当をしてくれたんだろう? なんでわざわざ遠くの場所を指定したんだろう。親の暴行を止めるため? なんで、買ってきたアイスを食べずに、頭が痛くなる罰ゲームだって言って、こっそり俺に食べさせたんだろう?
俺は首を振る。モエの優しさは本当か嘘かわからない。だから気にするな。
とにかく俺はあの日以来、魔法が出来ないふりをした。運動が出来ないふりをした。
そうしないと、命に危険が迫ると思ったからだ。
今のモエを見ていると様子がおかしかった。
何でそんな卑屈な顔をしている? 俺がいなくなって、両親のストレスのはけ口がモエに変わったからか?
俺はジャイアントトードは好きじゃないんだ。なんで好きだと思っているんだ?
モエは俺に近寄ってきた。
俺は一歩後退る。モエは顔をしかめた。
「あ、あんた記憶が無いからわからないかも知れないけどさ、私の事大好きだったでしょ! お姉ちゃん、お姉ちゃん、って言いながら後を付いてきて、それに、私が宿題やってあげた恩を忘れちゃったの? 私はあんたのお姉ちゃんよ! 言うことを聞きなさいよ……、お願いだよ……」
今さら、なんで俺と仲良くしようと思っているのかわからない。
だけど俺にはもう関係ない。俺には新しい家族がいるんだ。これから取り戻すんだ。
そのためには――あの学園を――
俺はモエに言い放った。
「記憶が無い俺にとって、
「お、お前って……あ、あんたは、私の弟なのよ……、そ、それに、これからも一緒に住むんだから、仲直りしよ? ね、や、優しくするから――」
俺は玄関へと向かいながら姉さんに言った。
「ああ、母さんから聞いていないのか? 俺は今日、この家を出る。――さよなら」
「なんで……、せっかく生きて帰って来れたのに? わ、私、まだ、謝れていないよ……、セイア、まって! セイア――」
俺は後ろを振り向かず、長年住んでいた仮初の家を出ていった――
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