加減が出来なくなった


「セ、セイヤ君です。み、みんな小等部の時に一緒だったから知っていると思うけど、仲良くしてね! じゃあ、HRを始めるよ!」


 クラスメイトは騒然としていた。

 死んだと思われた俺が何食わぬ顔をして学園に戻ってきた。

 生徒からは好奇と新しいおもちゃを見つけたような顔を向けられた。


「マジ、噂本当だったな。死んだかと思ったぞ」

「全然面影ねーよ。偽物じゃね?」

「うん……、中々イケてるよね?」

「馬鹿、姫に殺されるよ」

「あれ? セイアって名前じゃなかったか?」

「まあ良いじゃん、後で呼び出そうよ」


 俺は生徒達のざわめきを無視して、自分の席であろう空席へと向かった。


 俺が通ると生徒たちがニヤニヤと笑いながら迎えてくれた。

 小等部の時の同級生で、ひょうきんものの女子生徒メルティが足を出して通せんぼをする。


「……はっ? なんで私に挨拶しないの? 誘拐された自分が可哀想って感じ? マジキモい。とりあえず後で集合ね」



 この生徒の顔は覚えている。

 俺が姫の雑用をしている時、いつも邪魔をしていた生徒だ。名前はよく覚えていない。


 彼女から嘘の告白を受けた事があった。女子グループの罰ゲームだった。

 グループの女子達は大笑いしていた覚えがある。

 俺はあの時なんて言った? ああ、そうだ。『姫に怒られるからやめてください』だ。


 嘘告白を断られた彼女は激昂して、俺をなじった。

『はっ? な、なんであんたが私を振るわけ? マジ、最悪の罰ゲームじゃん。――マジ死ねばいいのに。頭おかしいの? あんた女神教信者だっけ?』


 頭がイカれている女神教の信者と言われ、俺はその後何度も蹴られた覚えがある。

 姫は俺の言葉に上機嫌であった。

 マシマエリは汚いものを見るような目つきで俺を見ていた。



 俺の心はもう何も感じない。信じられるものは奴隷時代の仲間との思い出しかない

 普通の学園生活はこんなひどいものじゃないだろ?




「――すまない、足の匂いがひどくきついから下げてくれ」


 彼女の顔が真っ赤に染まった。

 近くにいた生徒が吹き出すように笑い出す。


「はっ!? セ、セイアの分際で私を馬鹿にするの! あんた私が誰がかわからないの!」


「ああ、わからない。俺の記憶には存在しない――」


「え……、あ、あんた……」


 俺はそう言って自分の席へと向かった。


 先生のため息がここまで聞こえてきた。


「はぁ……、えっと、セイア君は事件の影響で記憶をなくしちゃったみたいなの。セイヤって間違った名前だけは覚えているらしいから、みんな優しくしてね! 面倒だしセイヤ君って呼んでね」


 明らかに面倒臭そうに言い放つ先生。

 この先生も変わらない。生徒間の面倒な人間関係に口出ししない。

 笑顔がカワイイと生徒に人気だが、俺と二人の時は恐ろしく冷たい女だった。

 俺が不当に扱われていても、それでクラスがうまく回るから放置していた。


 俺は席に着いた。

 先生が授業を始める。俺は真面目に聞くことにした。

 勉強を受けられるだけで、幸せなことなんだって俺は初めて気がついた。






 魔導学園は超大国の魔法学園に対抗するために作られた貴族中心の学園だ。

 昨今は能力主義を取り入れて、平民も入学を許される。

 俺は下級貴族の息子だ。毒にも薬にもならない存在。


 この学園も魔法の強さでカーストが分けられる。

 と言ってもクラスを分けるでもなく、単純に生徒が思うカーストが存在しているだけであった。


 昼食時でも、俺に話しかけてくる生徒はいなかった。

 明らかに雰囲気が変わった俺を訝しんでいる。


 姫はチラチラを俺を観察しているが、取り巻きどもに囲まれて話しかけてくる気配はない。

 俺は普通の学園生活をする以外に、目的がある。

 それは――


「……セイア、いや、セイヤ君。騎士団長の長女であるマシマ・エリだ。本当に私の事を覚えていないのか?」


 東方国家の人気の食べ物の牛丼なるものを俺は食べている。

 肉の汁が弁当から出てくるから弁当には向いていない食べ物だ。

 これを食べると、東方国家から連れてこられて奴隷仲間のキサラギを思い出す。


「はじめまして、セイヤです。食事中なのでちょっと……」


「いや、食べながら聞いてくれて構わない。私はクラス委員として、先生に君の魔力測定を頼まれている。この後保健室までついてきてくれるか?」


 面倒だけど仕方ない。魔力測定は学園の必須項目だ。

 俺は弁当をしまって立ち上がった。


「了解した。面倒ごとは早く終わらせよう――」


「――っ、君は、本当にセイアなのか? 私があの時手を引いていれば……」


 彼女が何を後悔しているのか俺にはわからない。

 一瞬だけでも俺に傘をさしてくれた。それだけであの時は十分だ。

 同情的な視線を向けられる理由もない。


 俺が拉致られたのは――、正当な理由があったからだ。






 保健室に着くと、おばちゃん先生が水晶を準備していた。


「あらあら、ヒラノ家の末っ子ちゃんね。帰ってこれて良かったわね〜。それじゃあ魔力測定するわね」


 そういえば、国家保安部隊以外の人から、拉致られた時の事を聞かれた事がない。

 多分聞きづらいだけなんだろうな。

 暗い部分を見ると、自分も暗くなる。そんな思いをしたくないだけなんだろう。


 保健室まで着いてきたマシマが動く気配がない。

 魔力測定をするときは、必ず第三者が不正をチェックする必要がある。


 俺は水晶に手を置いた。

 ……俺は魔力の操作が下手だ。強さの加減が出来ない。


 俺の目標は平穏に学園生活をするという事だ。

 なら加減をするしかない。

 俺が水晶を触りながら、極小の魔力を生成する。おばあちゃん先生は首を傾げた。


「あらら? 魔力が全然反応しないわよ。あなたは確か小等部にしては強かった覚えがあるわ〜。ちゃんとやらないと退学になっちゃうわよ〜」


 ……仕方ない。少し強くするか。

 俺は少しだけ強めに水晶に魔力を流した。

 水晶が光り輝き――表面がひび割れた。


 おばあちゃん先生は再び首をかしげる。


「あれれ? 数字がおかしいわね? ゼロが4つ……。うーん、強い魔力を感じたから魔力が無いわけじゃないけど、水晶の故障かしら? これじゃあ魔力ゼロとして……、それもかわいそうね。今度高性能な水晶を仕入れておくからその時測り直しましょう。とりあえず小等部のときの魔力量で記録しておいていいかしら?」


「――ありがとうございます、問題ないです」





 俺が保健室を出ると、マシマが慌てながら声をかけてきた。


「い、いや、今の魔力測定はおかしいだろ!? 魔力測定水晶が壊れることはめったにない! おばちゃん先生は適当な先生で有名だ。お前から感じた魔力は尋常じゃなかった!」


 俺は静かに生きたいんだ。目立つのはよくない。


「……おばちゃん先生の言ったとおりだ。きっと水晶が壊れていたんだ。今度測り直せばいい」


 マシマは納得しないのか、「でも――、いや――」呟いていた。

 何故か俺の後付いてくる。


 俺は廊下で立ち止まりマシマが去るのを待った。

 だが、マシマは俺を見つめて動かなかった。


「……人見知りなんで知らない人と話したくない」





 マシマは顔を歪めた。


「知らないだと? ……私は子供の頃からお前の事を知っている。幼馴染みたいなものだ。いつも一緒にいてお前の面倒をみていたんだ! ……だから私と一緒にいて記憶を取り戻そう。こ、今度は私はお前を守る――」


 守るだと? 心を壊した俺が過ごした小等部時代。

 俺にやすらぎなんて無かった。誰もが俺を傷つけた。

 その事実は変わらない。裏山の猫魔獣だけが友達だった。



 俺は自分の足元を見た。今は綺麗な上履きを履いている。

 でも、俺にはボロボロの上履きを履いているように見えた。




 こいつは昔から俺に正論を述べる。

 事あるごとに俺に絡んできた。

 俺の落書きだらけのボロボロの靴を見て――

『お前はいつも汚い格好をしているな。貴族として失格だ。家の恥だと思え――。わ、私の家に来たら余っている靴を――』


 その後、姫が来たから続く言葉を最後まで聞いていない。


 あの時の言葉は俺の胸に突き刺さった。

 みんなが履いている綺麗な靴が羨ましかった。普通に生活できるみんなが羨ましかった。

 優しいお母さんがいるみんなが羨ましかった――


 だけど、俺にはマシマとの思い出なんて消えてしまった――

 俺は静かにマシマに語りかけた


「――俺が書いた日記が部屋にあった」


 部屋の机の中に日記帳は本当にある。



「そこに書かれていたのは――、苦しみだけであった。マシマ・エリのことなんて一言も書かれていない」



 俺の中のマシマ・エリは、いつも冷たい目で俺を見下していた――


「だ、だが、わ、私はお前の大切な幼馴染で――、私があの時、お前に優しくしていたら、拉致は……」


 俺は鋭い言葉を発した。





「勘違いするな。悲劇のヒロイン気取りはやめてくれ。俺はおまえと関わりたくない。――だって、俺の記憶はもう死んでいるから――」







 *******************






 セイアの言葉を聞いて、私は否定できなかった。

 記憶を無くしたならばイチから関係を築き上げられると思った。

 罪悪感を、後悔を消し去りたかった。


 あの日、雨に打たれていたセイアに手を差し伸べていたら――

 いや、もっと前からセイアを守っていたら――

 好きな気持ちがうまく伝えられない。

 シャルと一緒にいるのを見ると嫉妬が心を支配していた。




 ――お前とは関わりたくない。




 その言葉を聞いて、私は――

 腹の奥底から湧き上がる絶望と後悔が身体にのたうちまわり、嗚咽が止まらなくなった――


 私はうまく動かない足を無理やり前に出して――、その場を走り去った――


 もう一度セイアと話したかった。

 生きているって聞いた時は心の底から安堵した。

 セイアから許しを得たかった。

 セイアに笑いかけてほしかった。

 もっと素直になれば良かった……。


 ――過去の自分を殴りつけたかった。


 私は――間違えてしまったんだ――

 そう思ったときは、もうすでに遅かった。




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