魔導学園小等部の思い出を全てを消して、俺は普通に学園生活を送りたい〜〜姫も幼馴染も今さら罪悪感を感じても俺には関係ない。奴隷仲間たちと過ごした日々が俺のスキルへと変わる。

うさこ

二度と振り返りたくない日々


 俺、ヒラノ・セイアは子供の頃から不器用であった。

 女の子と話すと赤面してしまう。言いたいことが言えなくていつも後悔をする。

 友達と一緒に遊びたいのに、輪の中に入っていけない。


 人とうまく接することが出来ない不器用な俺は、要領も悪かった。

 だから、両親は俺をお荷物だと思っていた。

 下級貴族である親は上昇志向だ。



 綺麗で頭がよくて、要領が良い姉のモエは親に褒められる。

 姉は俺の失敗した事を親へ逐一報告する。


『お姉ちゃんを見習え』

『はぁ、お前は本当にグズだな。これでは使いみちが―』


 親も出来の良い子供を可愛がりたい。

 俺は――、いつしか誕生日を祝ってもらうことさえなくなった。



 それでも王国立魔導学院の小等部に通っている時だけは楽しかった。

 近くの帝国にも負けない王国が誇る学園だ。

 自由都市や、あの超大国には負けるけど、文化水準はとても高い。


 俺は不器用だから、友達が出来ないと思っていた。

 だけど、クラスメイトは気さくな人が多かった。

 それが、俺を見下して安心していたとわかっていても、話しかけてくれるだけで嬉しかった。


『あははっ、セイアがいてくれると助かるよ!』

『ああ、いたずらしても、先生が怒っても全部セイアのせいにできるしな!』

『超ひどいじゃん、きゃははっ、姫が怒っちゃうよ』

『いやいや、姫もエグすぎでしょ』


 貴族が通う学園だから毎日が緊張の連続であった。

 みんなが喜んでくれるなら、俺は罪をかぶるのも大丈夫だった。

 大人から怒られるのは慣れている。俺にはそのくらいしか存在価値がないと思っていた。



 俺は、クラスメイトであり、国王の娘であるシーナ・シャルロットに使われる毎日であった。彼女はとてもわがままであった。


『セイア、私は東方国家のお団子が食べたい! 買ってきなさい!』

『あんたは今から私の椅子ね? ――ほら、椅子なら動くんじゃないわよ!』

『ねえ、あんたがやってくれた私の宿題、70点しか取れなかったんだけど? どうしてくれるの?』

『あんた、騎士団長の娘とお喋りしてたの? はっ、なんで勝手に喋るの? 私の許可は?』

『校長には言ってあるけど、あんたは高等部卒業まで私と一緒のクラスよ? 何その顔、もっと喜びなさいよ』


 どんなワガママ言われても、彼女はこの国のお姫様。

 俺は頷く事しか出来なかったし、それで良いと思っていた。





 俺にとって運命の日が訪れた。


『あ、あんた、今日の放課後、王都にあるケロベロス像の前で待ってなさいよ! 絶対よ!!』


 ケロベロス像は王都で有名な場所だ。そこで告白してカップルになると、一生幸せになれるという伝説がある。


 俺は学園が終わって、ケロベロス像の前でずっと立っていた。

 いつまで経っても姫が来る気配が無かった。

 一人で立っていると疎外感がひどく強い。寒い季節だったけど、俺は夏服の制服のままだ。親は俺に使うお金なんてもったいないと言って、俺の制服は一張羅しかなかった。

 ボロボロの制服の破けて自分で針で補修したズボンを見る。

 身長が伸びて裾が短くなったけど、まだ着れる。


 親に買ってもらうにはどうしたらいいんだろう? 学費を払ってやっているって何度も言われた。お荷物だって何度も言われた。

 だから、買ってほしいなんて言えない。


 そんな事を言ったら、平手打ちを食らう――


 ボロボロの革靴はサイズが合わなくて足が痛い。

 破れた箇所は補修しているけど、ひどく格好悪い……。


 足先が一層冷えてきた。

 雨がポツリポツリと振ってきた。やがて土砂降りの雨へと変わった。


 俺はそれでもケロベロス像の前に立っている。

 傘なんてない、傘を学園に持っていくと必ず壊される。

 壊れた傘を持って帰ると、親は俺を教育する――

 凍りつくような寒さが俺に神経を麻痺させる。


「……寒い、な。ま、だ、来ないの、かな?」


 姫を一時間、二時間待つのは当たり前だ。

 俺は下級貴族のお荷物息子だ。

 何時間でも待たなければならない。





 ふと、雨がやんだかと思った。

 違った。誰かが俺に傘をさしてくれた。


「……お前は自分の意思はあるのか? 全く、貴族のくせに汚い格好で……。シャルの事を待っているんだろ? あいつはさっきまであそこにいたが、もじもじしながら帰ってしまったぞ」


 同じクラスの騎士団長の娘の、マシマ・エリであった。

 俺は身体が冷え切ってうまく喋れなかった。


「…………そ、う」


 エリは汚いものを見るような目つきで俺を見る。


「……言われるがままに待ってるだけか。全く、シャルもなんでこんな男が……。ふん、貴族ならもっと貴族らしくしろ。軟弱な男め――」


 エリは冷たい目で俺を一瞥してその場を離れた。

 俺は再び雨に打たれる。


 水晶通信で俺は姫に連絡を取る。『今日は帰ってもいい?』と。


 俺は返信が来るまでずっと待っていた。だって……そうしないと、俺は……。


 連絡を送ってから1時間後、姫からの返信が来た。

『あんたの顔見たらどうでもよくなった。明日も同じ場所で待ってなさい!』


 内容を理解出来なかったけど、俺は家に帰ろうとした、

 動かない足を手でさすって温め、ゆっくりと歩き出す。


 ――家に帰って、怒られてからお風呂へ入って……。姫に水晶通信で謝罪の連絡をして……。


 水晶通信にはお姉ちゃんからのメッセージが沢山あった。

 どうやらひどくご機嫌斜めのようである。

 あとで、俺はいじめられるんだ。

 ため息を吐いた。


 俺の人生って……、これからどうなるんだろう?


 そう思った時、俺は――後ろから――何かで頭を叩かれて――、意識が遠く――

 誰かが俺を引きずって――大きな鉄馬車に乗せら――


 そこで俺の意識は完全に無くなった。





 *************




 まさかあの状況から、もっとひどい状況に陥るとは思わない。

 あの時から、五年の歳月が経った。

 当時12歳であった俺は17歳に成長した。


 鉄馬車に乗せられたのは、人身売買の被害にあったからだ。

 奴隷として連れ去られ……俺は異国で五年を過ごした。


 ――そして色々な犠牲があって、俺はいま、王国に帰ることができたんだ。


 ボロボロの制服なんて、とうに無くなった。

 ウジウジした少年は死んでしまった。


 俺は――仲間の想いを、約束を守るために――、家の扉をノックした――





 ****************




「あ、あら、じゅ、準備は出来たの? ひ、一人で大丈夫?」


「問題ない――」


 家に戻ってから数日が経った。

 両親は俺を腫れ物のように扱う。

 あの頃、王都では誘拐事件が流行っていたらしい。

 俺は被害者の一人である。

 王国治安維持部隊の取り調べがあったが、すぐに終わった。


 今日は俺が学園の高等部へ編入する初日である。

 俺は心の底からこの日を待ち望んでいた――


 ――あいつと一緒に学園に通いたかった――


 俺は首を振る。だってもう逢えないんだ……。


 家を出ようとしたら、姉に声をかけられた。


「あ、あら、き、奇遇ね。お姉ちゃんと一緒に学園に行く? 道わからないでしょ?」


「――一緒に行く必要がない」


 姉の顔にも、両親の顔にも罪悪感の表情が浮かんでいた。

 俺は大きく息を吸って、気を紛らわす。




 改めて扉を開けると、そこには――、姫であるシャルロットがいた。

 目には大粒の涙をためている。


「……あ、あんたどこ行ってたのよ!! わ、私の命令もないのに……。し、心配したんだからね!! ま、まあいいわ、これからはあたしの従者よ。一緒に学園に行くわよ!」


 ……そう言えば疑問があった。なんで姫は俺をケロベロス像前に呼んだんだ?


 遠い過去の事だ。どうでもいいか。


 あの時の感情は、もう思い出せない――

 だから俺はもう一度最初からやり直そうと思った。




「――失礼、お嬢さん、俺はあなたと知り合いだったのか? ……悪いが記憶が無いからわからん」




 シャルロットは意味が理解が出来ないのか、口を開けたまま呆けていた。


「へっ……、記憶喪失? ……わ、私との思い出は? セ、セイア!! わ、私……、私のせいで、私がケロベロス像で待てって言ったから……、すんっ……、死んじゃったかと思って……」


 思い出……、そんなもの始めから存在しない。

 俺は今から始めるんだ。普通の暮らしを。今までの暮らしなんて存在しない。

 姫から感じる罪悪感なんてどうでもいい。


 俺は姫の問いに答えずに歩き始めた。

 あとは両親と姉が勝手に説明するだろう。


 それでも、俺は気になることがあって立ち止まった。

 後ろを振り返り、半べそのシャルロットを見つめる。


 セイアは一度死んだんだ。



「俺の名前は――セイヤだ」



 目に涙を浮かべていたシャルロットはメイドの胸を借りて大泣きしてしまった。

 何も感情が浮かばない。道端の石みたいだ。



 かつて存在した奴隷仲間が、間違えて俺の事をセイヤって呼んでいた。

 俺にとって大事な唯一の思い出の仲間たち――


 俺は辛い思い出を全て消しさって、普通に生きるんだ。仲間に託された願いを胸に生きる。



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