悲しい別れとキリの決意

「キリ」

 まだ啜(すす)り泣きを残したまま、歩いていたキリに 銀帝が声をかける。

「なぜ、あの場所から離れた……?」


 そう問われ、キリの息が一瞬止まった。

 理由を言える訳が無い。

 主に捨てられたのではないかと そう思い疑ったなどと。

「ごめんなさい…」

 ただ、そう謝るしか出来なかった。


「ごめんなさい銀帝さま……」

 そう言って、銀帝の言葉に止まった啜り泣きを再び始める。

「次に同じ事をしたら捨ててゆく……」

 銀帝のその言葉に、キリは「はい」と答え、いまだ止まらぬ啜り泣きを続けた。


 恐らく銀帝が、「うるさい」「泣くな」という言葉を放てば少女は泣き止むのかもしれなかったが、あえてそうせず、ゆっくりと泣きながら歩くキリの歩調に合わせて歩く。


 程なくすると、ラギと黒曜の待つ、樹齢千年の杉の木のもとへと到達する。

「なんだ、キリ! その格好は!」

 血に濡れた着物姿のキリを見るなり、ラギがぎゃいぎゃいと騒ぎ立てた。


「なんだ、怪我でもしたのか・・・、その割には元気だな。ん? こりゃキリの血じゃないな。

 ま、何はともあれ着物を調達して来んといかんな。みっともない姿で、銀帝のまわりにチョロチョロされてもこまるしな」

 ラギはそう言うと、「黒曜をお借りします」と銀帝に一言言うと、その背に乗って去って行ってしまった。


 杉の巨木の下に取り残された銀帝とキリ。


 銀帝は、黙ったまま杉の木の根に腰を下ろした。

 それに倣うように、キリも銀帝から少しはなれた場所に座る。


 まだ、キリは泣いている。

 肩を震わせて。


「あの娘は…」

 不意に銀帝が口を開いた。

 膝を抱えて伏していたキリが顔を上げて、涙で潤んだ瞳を銀帝に向ける。

「あの娘には、母が迎えに来た……。あの娘は、母と共に在る……」


 何処を見ているのだろうか、銀帝はキリに視線を向ける事をせず、語った。

 「本当?」と、キリが問う。

 その問いに、「嘘など言わん」という返事をし、再び銀帝は沈黙した。


「ミヤ……」


 キリが小さくその名を呼んだ。


「キリ」


 と、そう誰かに呼ばれた気がして辺りを見回すけれど、何も見当たらない。


「信じてね……、諦めないでね……」


 でも聞こえてくる、ミヤの声。



 ――うん…信じるよ……。銀帝さまを信じるよ……。

 信じる事を止めないよ……。諦めないよ……。ミヤ……――



 すうすうと、寝息が聞こえる。

 何時の間にやら寝入ったキリ。

 その姿を、銀帝は黙って見つめていた。



 もうすぐ、夜が明ける……。

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人喰い鬼女と幻の里 Seika @seikak

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