第6話

「18歳下かあ」と成瀬先生は呟いた。

「先生も無いわって思いますか?」

「無い。っていうか、今俺が27で18歳下ってことは9歳だろ。無理かな」

 現実的な数字を口にすると確かに「無いわ」になる。わたしにとっての18歳下は産まれてもいない。そう考えるとやっぱり母の言う事にも一理ある。

「でももし俺が50になった時なら相手は32? それならアリかもしれないけど考えたことがないな」

「そうですか」

 やっぱり年下ってことは考えられないって事なのか。ひそかに落ち込んでいると成瀬先生がわたしの顔をのぞき込んできた。

「それで悩んでんの?」

「そういうわけじゃないですけど」

 

 先生に愛される人が羨ましい。

 先生の恋愛対象になれる人が羨ましい。


 だけどそれを口にすることが出来なくて、わたしはまたしょぼんと落ち込んだ。

「ん~、朝比奈が何を考えているかはわかんないけど、そうだな。俺だったら好きな人を年齢で考えることはないかな。って言っても常識的にな。未成年とかはやっぱり無しだし、かといって熟女もな~考えたことはない。でも、不可能って事でもない」

 その言い方があまりにも広いターゲットゾーン過ぎて思わず笑ってしまった。

「先生、節操がなさすぎませんか?」

「なんで? だっていくつでも魅力的な人には惹かれるしそれに年齢は関係ないだろ。そういう朝比奈はどうなんだよ。やっぱイケメンに限るとかそういうやつ?」

 まさか好きな人にタイプを聞かれるとは思っていなくて、わたしはつい成瀬先生の顔をじっとみつめてしまった。

「えっ、なんかおかしい? ってかやっぱダメ? おっさんがコイバナすんなよって」

「違います」

 わたしはクスクスと笑いながら答えた。


「わたしは大人なのに子供みたいに純粋な人が好きかな。笑うと可愛くて優しい人。わたしの話をちゃんを聞いてくれる人」

「ずいぶん具体的だな」

 成瀬先生は自分のことを言われているとは全く気がついていないようだった。でも今はそれでもいい。

 だってわたしはまだ子供だから。

 未成年はNGって言われたばかりなのだから。

 でも、これからわたしは大人になって行く。数か月後には誕生日が来て18歳になる。成人して、大人になって、卒業してもっと素敵な女性になって行く。

 その時に先生に選んで貰えるようになればいいんだ。

「先生」


 わたしは成瀬先生の名前を呼んだ。

「ん?」

 好きな人は先生です。

 そう思いを込めてもう一度呼ぶ。

「成瀬先生」

「だから何ってば」

 先生はクスクスと笑いながら先を促した。わたしは首を横に振る。

「何でもない。秘密です」

「あー。そうかい。だよなーおっさんの教師になんか好きな人を教えたくないよな。わかる」

 わかってない先生はうんうんと頷きながら腕時計をみて「やばっ」と声をあげた。


「もう行かなきゃ。職員会議の時間だった。朝比奈はまだいてもいいぞ。後で鍵をかけておくから」

「はーい。じゃあ、また明日ね、先生」

「おお。暗くなる前に気をつけて帰れよ」

 慌てて飛び出していく先生がいなくなった空間で、ふ、っと息を吐いた。

 あと一年。

 あるようでないこの宝物のような時間を大切にしていこう。先生に愛される人になる前に、自分の将来のことも考えていかなくちゃ。


 わたしは折りたたみ椅子を畳んでしまうと、ランタンの電源も落とした。スマートフォンのライトの明かりを頼りにこっそりと部屋からでた。

 廊下の窓から見える夕方の空は穏やかなグラデーションに包まれていた。遠くから吹奏楽部の鳴らす音が響いてくる。

 わたしはゆっくりと歩き出した。


fin


 

 



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好きです、先生。 乃木のき @nokkiny

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