第5話
「可愛い」
思わずこぼすと成瀬先生は得意げに顎を上げ、嬉しそうに笑った。
「いいだろ、秘密基地」
「いいな。素敵。憧れてたなあ、こういう場所」
思わずそうもらすと、成瀬先生は少しだけ考えるそぶりを見せた。
「そういう朝比奈はなんでここに来たんだ? こんな場所来る用事もないだろ」
「偶然です。なんだか家に帰りたくなくて……歩いていたら先生がここに入っていくのが見えて、それで」
わたしの説明に成瀬先生はなるほど、と言った風に頷いた。
「見られたのが朝比奈でよかったというか、他の先生じゃなくてよかったよ」
わたしで良かったという言葉が嬉しくて噛み締めていると、成瀬先生は少しだけ心配そうにわたしを見た。
「帰りたくないってなんか問題があるのか?」
「えっ」
「さっき。こんな誰もいなくなるまで学校に残って廊下を歩いていたって、なんか困ってることがあるなら聞くけど」
「ああ」
理由なんてないのだ。
ただ家に帰りたくない。一人になりたい。それだけだ。
こんな理由まるで子供みたいで言いたくはないけど、ぽつりとこぼすと成瀬先生は納得したように頷いた。
「じゃあ朝比奈もいいよ、ここに来ても。好きなだけっていっても時間に限りはあるけど、一人になりたいときに来てもいいよ」
「先生?」
「俺も来ちゃうから厳密には一人の時間って言うか二人の秘密の場所って事になるけど」
「ほんとに?」
「その代わり絶対誰にも言わないって約束して。ばれたらマジでヤバいから」
「わかった。約束する。絶対誰にも言わない」
「OK。じゃあ指切りな」
まるで子供の様に自分の小指をわたしの小指に絡ませると「指切った」と笑った。
それからだ。
わたしが部活がない日にはここにきて、ほんの少しだけ先生と話しをする。もちろん用事があってどちらかが来ない日もあるけど、それも連絡をするでもなく各自の自由に任せている。
一人で静かな場所にいると何かがほぐれていく感じがしてすごく落ち着くようになった。何か悩んでもここがあると思えば心強く、わたしを整えてくれる場所になった。
二人でいてもお互い黙っている時もあるし、背中合わせで考え事をしていることもある。
先生といるこの時間がわたしにとっての何よりの宝物だった。
「先生?」とわたしの小さな囁きに「ん?」と返してくれる成瀬先生が好きだ。
こうして一緒にいるようになってその気持ちはどんどん強くなる。先生にとってわたしはただの生徒で、その他の子たちと一緒なことは十分わかっているけど、この気持ちをなくすことはできなかった。
「どうした?」
「あの、変な質問ですけど」
そう前置きをしてから聞いてみる。
「朝、母がテレビをつけていたんです。それで芸能人の結婚の話題が出ていて」
「そうなんだ」
「それで……」
18歳も年下の子と結婚した報道に、母が「ヤバイ」と言ったんだけど先生ならどう思いますか?
そう聞いた。
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