第3話
重たいリュックを背負ってほとんど人のいなくなった廊下を進む。
雪とお揃いでつけたキャラクターのぬいぐるみが歩くたびにピョンピョンと揺れている。
カバンを彩るいくつもの缶バッジもガチャガチャで手に入れた戦利品だ。
さっきまで賑やかだった廊下もしんとして、教室の小さな窓から中を覗くと残って勉強をしている生徒がちらほらと見えた。
この子たちはわたしと違って受験に向かってまっしぐらなんだろう。えらいなあとは思うけど、ああなりたいかと言われればNOかな。わたしはもっと青春したいし楽しい事に時間を使いたい。
廊下の突き当り、薄暗い階段を下りていくとリノリウムが硬い音を立てた。3階から1階へ。普段誰も使わない一番端っこの階段はやっぱり今日も誰ともすれ違わない。
1階に着くと窓から離れるので余計うっそうと暗くなる。辺りに誰もいないか確かめてから、降りてきた階段の奥まったところにあるドアに手をかけた。
ドアノブを回すと冷たい風が中から流れてきた。普段使わない用具が入っている小さな部屋は古いものの匂いであふれていた。
ドアを閉めると一気に暗闇になる。スマートフォンのライトを燈すと雑多に積まれた物をかき分けるようにさらに奥へと足を進めた。
コの字型になっている倉庫の奥につくと、たたんであった小さな折りたたみ椅子を開いた。すぐそばにあるLEDのランタンに明かりを灯すとぽわっと橙に部屋が色づく。
スマートフォンの明かりを消すとランタンの灯だけがユラユラと揺れ一気に幻想的な雰囲気になった。
わたしはイスに座りながらゆっくりと当たりを見渡した。
いつ使われていたのかもわからないモノたちが今は静かに眠っている場所。文化祭で使われたのであろうゲートが解体された物や、体育祭の出し物だったのかもしれない玉入れの網。高校生にもなって玉入れはやらないよね、と思いながら、これを使って盛り上がった時代もあったんだろうなと昔に思いを馳せる。
そう言えば成瀬先生もここの学校出身だって言っていたから、もしかしたらこれを使って青春を楽しんだのかもしれない。そう考えるとただの不用品も愛おしく見えてくるから重症だ。
小さな音と細いあかりがさしこんで、すぐに消えた。忍ばせた足音がコの字を曲がると「や」というように成瀬先生は片手をあげた。
「やっぱり来てたんだ」
「はい」
成瀬先生も慣れたように折りたたみの椅子を広げると、わたしの隣に腰を下ろした。
「どうだい調子は」
ランタンの明かりに照らされた成瀬先生は優し気な笑みをわたしに向けた。
「まあ。普通です」
「それならいい。でも、数学の時にぼんやりしてて緊張感がないって噂を耳にしたぞ」
いたずらを見つけた大人のように成瀬先生がわたしを見つめる。
「それは、まあ、そうですけど。でも課題は全部解きました」
「はは。長期休み明けはついぼんやりしちゃうよな。楽しかった? 冬休み」
「いつも通りって感じです。兄が帰ってきてうるさかったくらいで」
4歳年上の兄は大学に進学していて、久しぶりに帰ってきたと思えば酒を飲んでご機嫌だった。年が離れているせいか、わたしのことを変な可愛がり方をするから正直ウザイ。
「おれの酒が飲めないのかってどこのオッサンかと思いましたよ」
「ははっ。さすがにまだ飲ませられないからな」
「お酒臭いのにかまってちゃんてうっとおしいったらなくて」
「でもこんなに可愛い妹がいたらハッスルしちゃうのはわかる」
可愛い。今先生はそう言った。
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