第4話「葛藤」

 数か月後、炎真は吉乃と近場の町に出かけてブライダルレンタル衣装の店でウェディングドレスと白無垢しろむく、タキシードや紋付もんつき羽織はおりはかま等を借り吉乃の希望で小さなチャペルに結婚式場を予約した。



 炎真は吉乃にもっと、盛大な結婚式をしてやりたかった。

 しかし、あれから地獄には度々、帰っているとはいえ、地獄の邸宅、炎魔宮えんまきゅうの人々の不穏な空気があり彼は、この結婚は急いだ方が良いと、嫌な予感をひしひしと感じていた。


 それに吉乃は思慮深い女性だ。炎真が、ただ者ではないと薄々感じ取っているような様子を見せることも、時々あった。

 しかし、優しい彼女はそれを不信感としては決して、見せることがなかった。

 吉乃の誠実さに感謝しつつ、炎真は自分の正体を話す時に来ている、と。



 同時に別れが近いことを感じ、葛藤していた。

「このわれが、何とも情けない……我が人であれば、吉乃を幸せにすることが出来たのだろうか?このまま、吉乃を連れて地獄へ戻ることが出来たら、どんなに良いか。しかし、彼女が人である限り、我が閻魔王である限り、それは敵わぬのだ」



 今は人間の焔炎真である閻魔王は、左手で頭を抱えるとうつむきうなだれた。

「炎真……大丈夫?」

 吉乃の声が後ろから聴こえて彼が振り向こうとすると、炎真は後ろから吉乃に抱きしめられた。吉乃の香りと感触が炎真の心を安らぎに導く。

 いつの間にか、炎真には吉乃の存在が何よりも、代えがたい程になっていた。



「――貴方の苦しみを全て理解出来るか解らないけど」

「ね、炎真。苦しまないで?貴方が辛いと私も辛いの。お願い、貴方の悩みをどうか、少しでも私に話して」

「吉乃…すまない。君には、苦労を掛けるな」


 炎真は切なげな表情で、吉乃の自分に回されている腕をさする。

 それを感じた彼女は、炎真の頬に口づけをした。

 炎真はそのまま、吉乃を優しくカーペットの上に寝かし、覆いかぶさる。



 口づけを交わし、吉乃の服に手を掛けた時、彼女が急に吐き気をもよおし。

 起き上がると急いで、洗面所へ駆けて行く。


「吉乃…?」


 炎真が心配して、洗面所のある脱衣所を覗いて吉乃の背中をさする。

「大丈夫か?」

「うん、ありがと」



 彼女は、既に妊娠検査薬で妊娠を確かめていて、炎真も吉乃のお腹の中に小さな命が宿っているのを感じていた。

 次の日、吉乃に付き添いで産婦人科病院に行くとやはり、彼女は身籠みごもっていた。

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