ユキヒロのスーツ、スーツのユキヒロ

「YMOのイケてる成分は大体ユキヒロ」

 友人はそう言った。僕にとっても、ユキヒロのイメージはカッコいいスーツだった。坂本龍一がYMOを結成して、その前に急いで出した1stアルバム『千のナイフ』では、高橋幸宏が坂本龍一のスタイリングを担当したという有名な話がある。ジョルジオ・アルマーニのジャケットにリーバイス501ジーンズ、響きだけでもカッコいい。しかし残念ながら僕はファッションにとんと疎い人間なので「いつもドラムセットの前のユキヒロはビシッと決めていてカッコいいなぁ」と思っていた。つまり、ユキヒロのスーツはスーツのユキヒロでもあるのである。

 僕は残念ながらYMOリアルタイムの世代ではないので、高橋幸宏のスーツ姿は近年のイメージに寄ってしまうのだが、いくつか思い浮かべるだけでも印象的なものがたくさんある。LEO今井や砂原良徳、TOWA TEIといった「テクノドリームチーム」とも言いたくなるような面々で結成したMETAFIVEの揃いの黒いユニフォームもキマっていた。

 そして黒つながりで言えば、どうしても思い出してしまう映像がある。高橋幸宏と細野晴臣がYMO以来直接タッグを組んで始めたのが2002年からの「スケッチ・ショウ」であり(2004年にはそこに坂本龍一を加えて「ヒューマン・オーディオ・スポンジ(HAS)」を名乗ることになる)、2003年のライブ映像が残っているのだが、そこでは細野晴臣と二人して黒いスーツ(?)でキメている。正直なところトレードマークのハットと丸眼鏡の時点でもう言うことはないのだが、なんだかこうしてみると高橋幸宏はもちろん天才ドラマーであり、数々のバンドやユニットを結成しながら、黒を着こなしていた。彼にとって、黒は繋がりの色とも言えるのかもしれない。ユキヒロの黒、黒のユキヒロ。そしてそのライブでホソノと共に演奏した「Zoetrope」のラストでは突如YMOの「過激な淑女」の振り付けが再現される。二人で踊るホソノとユキヒロのあの顔を見る限り、お茶目な悪戯という域は出ないけれど、この二人の悪戯はもう一人の友人、坂本龍一に向けられていたように思えてならない。「過激な淑女(レディ)/囁く視線(め)は黒い豹」とかつて高橋幸宏が歌っていたように。彼のスーツ姿は今でも浮気なぼくらを誘惑している。


……と、ここでカッコよく終われればよかったのだけれど、もう一つ、白いユキヒロを思い出してこの文章を宇宙に飛ばしたい。大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』の冒頭では突然UFOに乗った高橋幸宏が現れる。金魚が同じ空間内を泳いでいるような、どう見ても大林宣彦宇宙としか言えない空間なのだが、そこで高橋幸宏は平然とへんな飲み物を飲みながら、ぼくらを物語の世界へと誘惑してみせる。そしてドラムまで披露する。坂本龍一も高橋幸宏も、宇宙へ旅立ってしまった。ならば、僕らは僕らの宇宙を見つけなくてはいけないし、彼らの宇宙だってまだまだ見つけられるのを待っているはずなのだ。ぼくらのスーツをみつけ、宇宙へ旅立とう。

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