第56話

「お母さん、伯爵様が来たよ!」


 家の中に入ってすぐに、横になっているルーク君のお母さんの姿が目に入った。聞いていた通り、体はかなり弱ってしまっているらしい。


「…」


 彼のお母さんは完全に眠ってしまっているようで、彼の言葉に返事をしない。


「大丈夫だよルーク君、ちょっと失礼するね」


 彼にそう言葉をかけると、彼のお母さんの腕や首の周辺をチェックしていくシュルツ。


「…ねえルーク君、お母さんは食事はとれてる?」


 シュルツの質問に、頭を横に振ってこたえるルーク君。


「…僕が用意しても、あんまり食べられないみたいなんだ…食欲もないって言ってて…」


 その言葉を聞いたシュルツは一瞬だけ考える素振りを見せた後、再び質問を投げた。


「それじゃあ、食べたものを吐いたりする事はある?」


「うーん…それはないかな…」


「なるほど…」


 彼はどうやらこれらの質問を通じて、お母さんの状態を理解したらしい。


「シュルツ、お母さんの状態はどうなのかな…?」


「栄養素の欠乏がかなり進んでしまってるけど、食事さえ十分にとれれば…」


 その言葉を聞いた私は、ルーク君たちが普段どんな食事をとっているのか気になり、今ある食材を見せてもらおうと考えた。


「ねぇルーク君、食材はどこに置いてあるの?」


「あっちだよ」


 ルーク君が指さした先に目をやり、衝撃を受ける。…かつての私が見ていた光景と同じものがそこにはあったからだ。


「…!?」


 そこには、人があまり食べない食材や動物の部位ばかりが集められていた…。きっと彼は誰かの余りものや、安売りされた通常食せない部位の食材を買い集めて、なんとか食いつないできたんだろう…。かつての私も、めぼしい食材はエリーゼやフランツ公爵に持って行っていかれてしまっていたから、その光景には見覚えがあった。そしてこれらを食材にして料理をすることの難しさも、私はよく知っていた。

 だからこそ私は、反射的にルーク君に声を発した。


「ルーク君、ちょっとお料理を作りたいんだけど、手伝ってもらえるかな?」


「い、いいけど、これで何ができるって…」


「まかせて!!」


 私はいつになく、やる気に満ち溢れていた。あの日あの時の苦い経験を、今こそ活かす時だ。

 二人で簡素なつくりの台所に向き合い、さっそく調理を始める。


「実はこの野菜はね、この調味料を付けると消化が良くなるの」


 私は自身の経験と照らして、知りうることを一つずつ彼に教えていった。


「この食材、これだけじゃかたくて食べられないけど、水分を含ませてこうすると…」


「す、すごい!やわらかくなってる!」


 驚きとうれしさがまじったような、そんな表情を見せてくれるルーク君。


「この根っこの部分は苦くて食べられたものじゃないけど、これ実は日に当てるだけで苦みがとれちゃうの」


「そ、そうなんだ…」


 いろいろな説明をしていく中で、私は一つの事に気づいた。


「それにしても、ルーク君は手際がすごく良いね…私なんかよりもお料理の才能があるんじゃ…?」


 そう、子どもながらものすごく要領が良いのだった。彼は本当に将来、大物料理人になれるんじゃ…?


「もう、そんなことないよお姉ちゃん!」

 

 そんな私の言葉を、謙虚に受け流すルーク君。…そういう態度も含めて、この子は本当に将来すごいことになる気が…。

 などと会話をしながら調理を続け、簡素ながら食事が完成した。私が一口毒見をしたのち、ルーク君に味見をしてもらった。


「…どうかな?」


 彼の顔をのぞき込み、反応をうかがう。


「おいしい!!おいしいよお姉ちゃん!!!これすごい!!!」


「それは良かった♪」


 心の底からうれしそうな表情を浮かべる彼を見ていると、私もすごくうれしくなる。


「これなら食欲がないときでも、無理なく食べられそうだ…さっすがソフィア!!」


 ルーク君に続いて味見をしたシュルツもまた、うれしい言葉をかけてくれた。


「な、なんだか恥ずかしいな…」


 私が妙な気恥しさを感じていた時、それまで眠っていた彼のお母さんが目を覚ました。


「う、うう…」


「お、お母さん、大丈夫?」


 ルーク君の力を借りながら、ゆっくりと体を起こすお母さん。


「お母さんお母さん!シュルツ伯爵様がいらしてるよ!」


「…?」


 体を起こしたお母さんはゆっくりと私たちの方に視線を移し、うつろな表情のまま挨拶を始めた。


「こ、これはこれはシュルツ様…ルークの母の、セフィリアでございます…こ、このような姿で申し訳ありません…」


「いえいえ、何もお気になさらないでください。私たちが勝手に押しかけてしまったのですから」


 優しく穏やかな表情でそう言葉をかけるシュルツ。ルーク君はそのまま、私の紹介に移った。


「それでこっちのお姉ちゃんが、伯爵さまのお嫁さんだよ!」


「ソ、ソフィアと言います!」


 そういう紹介のされ方に慣れていないからか、少し語尾に力が入ってしまう私。そんな私を見て、少し不思議そうな表情を浮かべるセフィリアさん。亡き伯爵様の妻である彼女は、シュルツの正体を知っている様子だった。


「まあ、そうでしたか。しかしあの皇帝陛下がよくお認めに…」


「はは…実は父上には、まだ詳しくは話していないんです」


 若干の苦笑いを浮かべながら、そう口にするシュルツ。そうなのだ、私がこれまで何度その話をしても、そのたびにシュルツにうまくかわされてしまうのだ。…なにか二人の間には、私の知らない秘密の取り決めでもあるのだろうか…?


「お母さん、これ食べてみて!!」


 ついさっき私たちの作ったお料理を、満面の笑みでセフィリアさんの元へと運ぶルーク君。


「え?ええ…」


 セフィリアさんは若干戸惑いの表情を浮かべながらも、いただきますを唱えてゆっくりと食事を始めた。


「…お、おいしい…でもこれ、一体…?」


「僕とお姉ちゃんが一緒に作ったんだよ!」


「ま、まぁ…」


 ルーク君の言葉に驚きの表情を浮かべながらも、食事の手を進めてくれているあたり、仕上がりは良かったようで私は安堵した。

 そんな私の横から、真剣な表情をしたシュルツがセフィリアさんに一つの提案をするのだった。


「セフィリアさん、私からひとつお願いがあるのですが」


「?、なんでしょう?」


 突然目の前に現れた伯爵様からの突然のお願いに、どこかかたくなっている様子のセフィリアさん。


「このままではお二人のお体が危険です。体調が十分に回復するしばらくの間、我が伯爵家でお暮しになっていただきたく思うのです」


「…」


 シュルツのその提案は、セフィリアさんにとって予想外のものだったらしい。彼女は驚きの表情を浮かべたまま固まってしまっている。

 けれど私も同じ心配をしていたから、間を開けずにシュルツの言葉に続く。


「私も、是非そうされたほうがよろしいかと思います!…このままでは、お二人のお体が…」


 私もシュルツの所に行って救われた身。だからこそこの二人にも、あのあたたかい場所にぜひとも来てほしく思った。


「行こうよ!お母さん!」


 お料理のおかげで私になついてくれたのか、ルーク君は私の腕をつかみながら私の言葉に賛同してくれた。けれどセフィリアさんは、どこか申し訳なさそうに口を開いた。


「…でも、本当によろしいのですか?…私たち、お礼できるようなものはなにも…」


 セフィリアさんの発した言葉に対し、シュルツは首をやさしく横に振り、返事をした。


「そんなことはいいのです。私はただ、お二人の力になりたいだけですから」


「伯爵様…」


 セフィリアさんはそう言って少し考えた後、シュルツの提案を受ける姿勢を示したのだった。


「決まりですね!!」


 なんだかうれしくなってしまった私は、思いのままにそう言葉を発した。これからまた新しい生活が送れそう!!

 …だけど、なにか大切なことを忘れてしまっているような…?

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