第46話
シュルツとともに机に向かい、業務を行う私たち。あの日以来、私たちは二人ともギアが一段と上がったような状態にあった。
「ソフィア」
「はい、二次資料ですね」
「ああ、ありがとう」
普段よく繰り広げられる光景ではあるものの、それを見たノーレッジさんがジルクさんにぼそっとつぶやく。
「え?な、なんで今ので通じたの?私全然わからなかったんだけど…」
問いかけられたジルクさんも、さぁ?、と言った表情を浮かべて彼に返事をする。そんな二人に構わず、私たちは業務を続ける。
「シュルツ」
「はい、31号文書ね」
「ありがとう」
「??」
「??」
…そんなやり取りが何度も繰り返されていた時、突然屋敷の使用人が駆け足で私たちのもとを訪れてきた。
「シュルツ様、ソフィア様、お客様がお見えでございます」
その知らせを聞き、私はシュルツと顔を見合わせる。…今日、誰かが訪れるという予定はなかったはずだけれど…
「どちら様?」
シュルツのその問いに、使用人は私たちが予想だにしていなかった人物の名を上げたのだった。
――――
「アノッサさん!これはまたどうして…?」
なんと、客人の正体はアノッサさんであった。…彼が突然訪ねてくるなんて、皇帝府で何かトラブルでもあったんだろうか…?
「お二人とも、お変わりないようで何よりです」
彼は穏やかな表情でそう告げる。私は持っていた懸念を投げかける。
「アノッサさん、皇帝府の方で何かあったのですか…?」
私のその問いを、彼はゆっくりと首を横に振って否定する。
「突然の訪問になってしまったのは理由がございまして…。実は、上級公爵様とエリーゼ様になにやら不穏な動きがあると、ある人物からリークがあったのです」
…やっぱりあの二人、まだまだ諦めてはいないようだ。
「…それで、ある人物というのは?」
シュルツがアノッサさんに対し言葉を投げる。私もそこが気になった。彼らに近しい人物で、かつ私たちの味方をしてくれる人とは、いったい誰なのか…?
「…実は、一緒に来ております」
アノッサさんが、後ろの方に何やら合図を送る。…どうやらその人物は、門の陰に隠れているようだ。アノッサさんの合図を確認して、その人物の姿が少しずつ目で確認できる。
「っ!?」
…少しずつ歩み寄ってくるその人物の姿は、私が決して忘れないであろうそれであった。…なんで?なんで彼がここに…?
完全にその姿が見えたところで、改めてアノッサさんがその人物の紹介をする。
「エリーゼ様が兄上、フランツ公爵様でございます」
「…」
皆一様に硬直してしまい、言葉が出ない。当の公爵様もまた、俯いてしまっていてその表情は見えない。…どれだけの時間沈黙が続いたのかは分からないけれど、最初に口を開いたのは公爵様だった。
「…ソフィア、お久しぶり、ですね…」
…顔を上げたその表情は、私が屋敷にいた時とは似ても似つかないほどに、やつれてしまっていた。
「公爵様…どうしてあなたがここに…」
力なくたたずむ公爵様に、まず私が口を開いた。
「私はただ…君に…謝りたくて…」
…次の瞬間には、私は公爵様のすぐ近くまで近づいて感情を爆発させた。
「ふざけないでよっ!今更何のつもり!あなたたちが向こうで私にどれだけの苦痛を与えたか、忘れたとは言わせないっ!」
「…」
公爵様は俯いたままで、何も反論などはしない。
「ソフィア、ひとまず今は彼女の言葉を聞こう!」
…そのまま私を放っておいたら、手を出してしまいそうな雰囲気を感じ取ったのか、シュルツが私の肩をつかんで自制を促した。私はなんとか自身の中に燃え滾る感情を抑えつけ、冷静さを取り戻すよう努める。
「…」
「公爵様に代わり、私の方からお話させていただきます」
沈黙を貫く公爵様に代わり、アノッサさんが説明を始める。
「実は私は以前より、問題の根源はエリーゼ様にあるのではないかと考えておりました。そこで私はエリーゼ様とフランツ様のお二人に近づき、自分なりに情報を集めておりました。…そしてあの日、フランツ様が私にすべてを告白されたあの瞬間、私の疑いは確信へと変わったのです。…決してフランツ様を擁護するつもりで申し上げているわけではありませんが、上級公爵様までも味方にされていたあの環境の中では、フランツ様はエリーゼ様に逆らうことなどできなかった事でありましょう。少なくともその点に関しては、幾分か彼女に対して同情の余地があるかと考えます」
…信じられない事を次々と話すアノッサさん。…まさかフランツ公爵が、エリーゼの操り人形であった、と…。
そういえば、公爵家にいた時にターナーから聞いたことがある…。昔の公爵は今とは違って、それはそれは人々の心を気遣える人物だったのだと…。けれど何かを境に、突然豹変してしまったのだと…。もしかしたらそれは、エリーゼに原因が…?
「し、しかし…」
シュルツの懸念を察したであろうアノッサさんは、それに対してこたえはじめた。
「ですがもちろん、公爵様がソフィア様に行った数々の行為は、到底許されるものではないでしょう。このまま終わりにしてしまっては、ソフィア様が納得されない気持ちも大いに理解できます。そこで…」
ここにいる皆が、アノッサさんの続きの言葉に注目する。
「お許しになられるかどうかは、公爵様のご覚悟のほどを見極めになられたうえで、ソフィア様ご自身がご判断されてはいかがかと思うのです」
「…覚悟?」
アノッサさんは、いったい何を言っているのだろうか…?私が理解しかねていたその時、それまで沈黙していた公爵様がようやく口を開いた。
「…アノッサ皇帝府長のおっしゃる通り、私が君にしてしまった事は、許される事じゃない…だが…本当に私の勝手なのだが、今こうしてエリーゼに立ち向かて戦っている君の姿を見て、私も…彼女の言いなりのままではだめだと、思い知らされたんだ…私の言葉に信用なんてないのは承知の上だが、それでもあえて言わせてもらいたい…!」
公爵様は俯いていた顔を上げ、決意に満ちた表情で言葉を発した。
「…私も、一緒に戦いたい…!…たとえ刺し違えてでも、エリーゼと上級公爵様と戦いたい!…せっかくあの時、アノッサにそう言ってもらったのだから…!」
「公爵様…」
彼のその瞳には、確かに覚悟の意思が宿っていた。…彼の言いたい事は、とりあえずは分かったつもり…私はひとまず、彼に自分の正直な思いを伝える。
「…私は、あなた達を許せない…あそこでの毎日は、本当につらいものだったから…だけど」
私は公爵様のその目を見て、はっきりと素直に伝える。
「…あの人と戦うことを決めてくれたあなたの勇気と覚悟に…敬意を表します」
「ソフィア…」
…そう告げた途端、周りの私たちに対する視線がどこか暖かくなった気がした。…せっかくならば、あなたたちのおかげで極められた私の料理スキルを、とことんまでお見舞いしてやろうかと思った、その時だった。
「皆さま!!大変です!!」
皇帝府長の部下と思われる人が、こちらに向かって走ってくる。そのただならぬ様相に、反射的にシュルツが対応する。
「どうしました!?なにがありました!?」
次の瞬間、彼は私たちが想像だにしていなかったことを叫んだ。
「上級公爵様とエリーゼ様が連名で、ソフィア様に対する告発文書を帝国に提出しました!!!!」
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