第47話

「こ、告発文書とは一体…!?」


 突然の事態を飲み込めないのは、シュルツも私も同じだ。それどころかアノッサさんまでも、どこか冷静さを欠いている様子だった。


「…公爵様のリーク通りですが、まさかこんなに早く動いてくるとは…」


 二人の動きは、アノッサさんの想定以上だったのだろう。部下の人が急ぎ持ってきた書類をシュルツが受け取り、すぐさま内容に目を通す。


「こ、こちらが告発文書になります…!」


「…『アノッサ皇帝府長がシュルツ皇太子の妃の候補として推挙しているソフィアには、皇帝府直轄の財産を横領し、反帝国派組織と繋がっている疑いあり。我々はここにそれを告発し、速やかな真相究明及び事態の解決を求めるものなり』…な、なんだこれは…!?」


 わ、私はそんな事絶対にしていない…つまりあの二人は…


「…自分たちの目的のために、ありもしない事をでっちあげまでしてくるとは…。全く救えないな、あいつらめ」


「これで帝国のナンバー2だって言うんですから、ねぇ…」


 ジルクさんとノーレッジさんの言う通り、あろうことか私を追い落とすために嘘をでっちあげてきたのだ。…無実の罪を私に着せて、とことんまで追いおとす腹積もりということね…けれど、二人はどうしてこんなにも早く…

 私のその疑問を感じ取ったのか、アノッサさんが答えはじめた。


「おそらくは上級公爵様に賛同する者たちが、あらゆる方面で協力をしているのでしょう。普通はこんなまがいもの、帝国は受理しませんから」


 あの時上級公爵様と一緒にいた、私たちに反対する人たちだろう…


「だとしたらまずいな…向こうは勝つ算段もなしに、こんな事はしてこないだろう。これはきっと…」


「ええ。すぐに反撃の手立てを考えなければなりません」


 すでに敵の思惑をすべて理解している様子の二人に、私はおいて行かれてしまう。


「あ、あの…二人は一体何を…?」


 そんな私の様子を察してくれたのか、二人が分かりやすく状況の説明をしてくれる。


「上級公爵様とエリーゼ様は、数日後にでも調査団を率いてここに乗り込んでくることでしょう。その調査団には、彼らの味方をする皇帝府の人間も含まれているはず」


「その時に僕らが無実を証明できなければ、この告発文書は真実味を帯びた状態で帝国に再申請される。そうなったら…」


 …そ、そうなったら…まさか…


「…婚約破棄どころか、反逆罪に問われるだろうな…」


 は、反逆罪…私が…?何もしていないのに…?


「向こうは徹底的にやるつもりのようだ。…どうやらあの会議の日の事が、相当悔しかったんだろうね」


「そうなると、本当に時間がねえぞ。確か帝国調査団は、予告なしに乗り込んでくる権限を持ってるらしいじゃねえか。数日中となると、書類の事前準備すら間に合うかどうか怪しいぞ?」


 あまりの理不尽な攻撃に硬直してしまっている私だけれど、なんとか状況について行くことに努める。


「しょ、書類の事前準備って…?」


 私の疑問を聞き、告発文書の一点を指で示すシュルツ。


「ここを見て。ここに書かれている準備書類を、向こうが乗り込んでくる前に完璧に用意しなければいけないんだ。…それができなかった時点で、弁解の意思なしとみなされてしまうんだ…」


 …彼らの見事な奇襲攻撃の前に、私たちは確実に混乱させられてしまっていた。


 こうなってしまっては、私たちには一刻の猶予もない。しばらくみんなで話し合った結果、アノッサさんは皇帝府に戻って関係筋からの情報収集に、公爵は屋敷に戻って二人の出方を探りに、それぞれ向かう事となった。


「さあ、時間がない。僕たちは急いで資料作成だっ」


「は、はいっ!」


 かつての皇帝府会議の時と同じく、私たちは忙しく動き回った。私たちに味方をしてくれている貴族の人たちに協力を求めて回ったり、相手の情報集めから資料作成まで。…とても大変に感じられたけれど、シュルツたちと一緒に過ごすこの時間は、同時にとてもやりがいを感じられた。


――――


「ジルクちゃーん!この試算書、数値が飛んでるわよーー!」


「だーーかーーらーー!ジルクさんだろうがーー!!!」


――――


「オリアス公爵、二人はどういった手で崩しにかかってくると思われますか?」


「そうだな…グロス上級公爵は金銭にうるさい人だから、やっぱり財政関係が臭いか…」


――――


「シュルツ!!こんなところで寝ないの!!」


「…あ、ね、寝てないって!寝てないってば!」


――――


「こことここは…はむはむ…一緒に書いた方が…はむはむ…いいかもね…はむっ」


「た、食べながら書かなくても…」


――――


「ここを見てくれ。公爵の告発文書、情報の提供元は全部奴に協力してる貴族連中じゃねえか」


「…そこをつけば、切り返せる…のか?」


――――


「あーーー!!計算まちがえちゃったーーー!!!!」


「ばーーか。ノーレッジ、お前もソフィアと一緒にシュから勉強教えてもらえ」


――――


「ソフィア!僕を蹴っ飛ばしてくれ!!眠気を吹き飛ばす!!」


「え?ええええええ!!??」


――――


「クスクス。これはこれは、妃さまを通り越してすっかり奥様でございますね」


 ある日、私とシュルツのいつものやり取りを見ていたアノッサさんが、楽しそうに笑いながらそうつぶやいた。


「わ、私はそんなつもりじゃ…」


 まじまじとそう言われてしまうと、なんだか恥ずかしくなる。


「それでアノッサさん、皇帝府の方はどうでしたか?」


 私の横から現れたシュルツが、アノッサさんに疑問を投げた。


「思った通り、皇帝府貴族の多くは今のところすっかり上級公爵派の人間で固まってしまっていますね。上級公爵は貴族を束ねるリーダーでもありますから、想像に難しくはありませんが…。これには皇帝陛下も手を焼かれておられる様子でした」


 さすが、帝國のナンバー2の名は伊達じゃない。私たちの考え通り、彼らはあらゆる方面から私たちを追い落とす算段のようだ。


「それで、資料の準備の方はいかがですか?」


 アノッサさんの疑問に、現状を正確に伝えるシュルツ。


「…正直、かなりぎりぎりだ…本当なら命じられた準備資料に加えて、向こうが攻めてくるであろう領域についての情報をまとめた資料まで作りたいところではあるんだけど…」


「んなこと、現実的に無理だな。そこらへんはもう、その場のアドリブで対応するほかないだろうな」


 …そ、そんな裁判みたいな事をやらなければならないんだ…。しかしアノッサさんはこんな現実を目の前にしても、冷静さを変えはしなかった。


「分かりました。私も可能な限りぎりぎりまで探りを入れますので、なにかありましたらまた連絡を」


 私たちにそう言い残すと、アノッサさんは足早に去っていった。


「…さあ、立ち話してる時間はねえぞ。続きだ続きだ」


 私たちは改めて体に鞭を打ち、作業に取り掛かるのだった。

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