第45話

――エリーゼ視点――


 皇帝府会議が終わってからというもの、私は一向に心の中の怒りが収まらない。一体どういうことなの!アノッサ皇帝府長は確かに、私自身を妃として推挙するといった雰囲気だったのに!!


「上級公爵!説明してください!いったいどういう事ですの!!」


 屋敷に戻るなり、隣に座る彼に噛みつく私。しかし彼もまた私と同じく、事態が全くの見込めない表情を浮かべていた。


「アノッサめ…まさか私たちを裏切るとは…今まで誰がお前に目をかけてきてやったと思っているんだ…調子に乗りよって…」


 …正直私からすれば、皇帝府長も皇帝もこの際どうだっていい。私が最も憎たらしいのは、皇帝の妃になるなどとぬかしているあの女。私があいつよりも下の身分になるだなんて、死んでもごめんなのだ。


「…エリーゼ?」


 口論を繰り返す私たちの声がうるさかったのか、フランツお兄様が私たちの部屋を訪ねてくる。私はすぐにお兄様のもとに歩み寄り、その体を抱きしめて声をかける。


「大丈夫ですよお兄様。あの女を妃になんて、絶対にさせませんから」


「しかし…でも、これ以上は…」


 お兄様はそう言いうと、悲し気に俯いてしまう。…間違いない、今回の一件のせいで自信を失ってしまっているのだ。私はお兄様を抱きしめたまま、上級公爵に非難の声を上げる。


「ちょっと!!あなたのせいでお兄様がひどく傷ついてしまったわ!!いったいどう責任を取ってくれるのかしら!」


 あれだけ自信満々に私に任せておけと言っていたくせに、終わってみればこの有様だ。上級公爵が、貴族の中で一番偉いと言われている人間が聞いてあきれる。


「わ、私だけのせいにされても困る!あの時ソフィアに反論された君は、何も言い返せなかったじゃないか!あれのせいで会議の流れが変わってしまったんだ!私よりも君の方にこそ責任があるのではないのか!現に私が作った会議の流れは完ぺきで」


 はあ?自分が失敗しておいて、私に非があるというのかこの男は。


「エ、エリーゼ…もう…」


 小さな声で訴えるお兄様に私は全く気づかず、上級公爵と問答を続ける。


「自分が失敗しておいて、どうして私の責任になるというの!?大体あなたはじめからきちんと作戦を立てていればこんな事にはならなかったじゃない!」


 …結局そのやり取りは翌朝まで続き、お互いに体力を使い切ったところで問答は終わりを迎えた。


「…私は…私は絶対に嫌よ…あの女が妃になって、私よりも上の位になるだなんて…絶対に嫌…」


 私がそうボソッとつぶやいた時、上級公爵が何かをひらめく。


「…そうか…そうだ!この手があったか!!」


 彼はそう言うと突然立ち上がり、私の方を向く。


「ふふふ。あの女を追い落とす手段は、まだあるぞ♪」


 …前の時と同じ、自信満々の顔だ。


「…一体どうするというの?」


 私のその疑問に、気持ちの悪い下衆な笑みを浮かべながら答える。


「それを教えてほしいなら…ほら、決まってるだろう?」


 …体か。これも前と同じ。もうここまでくると逆にすがすがしい。


「…はぁ。仕方ないわね…」


 そんな私たちを悲しげな瞳で見つめるお兄様の姿に、私は全く気付かなかった。


――――


――フランツ公爵視点――


 …上級公爵様とエリーゼが、また終わりのない口論を繰り広げている。それを止めるすべを持たない私は、ただ隣で事の成り行きを見守ることしかできなかった。…そんな二人の様子を見ながら私は、つい先日のアノッサ皇帝府長との会話を思い出す。


――数日前――


 皇帝府会議の事前説明のため、皇帝府長室を訪れた私。机を挟んだ向かい側に、アノッサが腰掛ける。


「本日ははるばるお越しいただき、誠に恐れ入ります」


 非情に丁寧な口調で、私に挨拶をするアノッサ。


「話は聞いております。…妹エリーゼが、皇帝の妃となるのだと…」


 私はエリーゼの決めることには逆らえない。ゆえに今回も、彼女に言われたとおりに行動する。ただそれだけのこと…

 そんな私に突然、アノッサが疑問を投げる。

 

「それについてお話をお伺いしたいのですが…エリーゼ様のそのお考えに、あなた自身はどのようにお考えなのですか?」


「…私、自身…?」


 予想だにしていなかったアノッサからの質問に、硬直してしまう。…しばらく何も答えないそんな私の姿を見て、アノッサはさらに続ける。


「…これは私の推測ですが、あなたは今回の話に、あまり前向きではないのではありませんか?…愛するエリーゼ様がお決めにられれた事だから、仕方なく従っている…。という事ではありませんか?」


 …そんなことはありませんと、否定しなければいけない…私は私の意思で、ここにいるのだと、はっきりと明言しなければいけない…

 けれど、私の全てを理解しているかのようなアノッサの優しい問いかけの言葉の前に、私は素直に首を縦に振ってしまう。私の反応を見て推測が確信に変わったであろうアノッサは、さらに疑問を投げ続ける。


「…これまでも、そうだったのではありませんか?…エリーゼ様の決定に、あなたは逆らえなかった。…それこそ、お屋敷でソフィア様を攻撃していたあの時から…」


「…」


 アノッサの言葉を聞き、あの屋敷でのある一日の出来事が、脳裏に鮮明によみがえる。


――数年前――


 ソフィアの洋服をボロボロに引き裂くエリーゼの姿を見て、私は思わず抗議の声を上げる。


「お、おいエリーゼ!?いったい何をしているんだ!?」


 制止を訴える私の言葉に、エリーゼは逆上する。


「なんですの!?お兄様もあいつの味方なの!?実の妹である私を裏切るって言うの!?」


「わ、私はそんなつもりじゃ…」


 なんとか彼女の心を落ち着かせようとするものの、興奮してしまっているためか、全く聞く耳を持たない。


「私の味方なら、お兄様もあいつを攻撃してください!決して死なない程度に、ともに苦しめてやるのです!」


「で、でもそんなこと私には…」


「…できないのなら…そうですねぇ、もう二度と私にしゃべりかけないでくださいますか?」


「っ!?」


 …想像だにしていなかったエリーゼの言葉の前に、私は全身が凍り付く感覚を覚えた。


「そ、そんな事…」


「…それが嫌ならやってくださいお兄様!!っさあ早く!!」


――――


「なるほど、やはり…」


 私の過去の話を聞いて、アノッサは深いため息をつく。…その後彼は、真剣な表情で私にあることを告げたのだった。


――そして今に至り…――


 …上級公爵様とエリーゼが、別室へと移っていく。部屋には私一人が残され、アノッサに告げられたある言葉を思い出しながら、私はボソッとつぶやく。


「…無理だ、アノッサ…私には…そんな事…」

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