第43話
どうして私たちの味方になってくれたのか?ここにいる誰もが抱いたその疑問に、アノッサさんは答え始めた。
「私は別に、気が変わったわけではありませんよ?」
少し笑いながら、そう言葉を口にするアノッサさん。しかし賛成派の人は、思わぬことを彼に問う。
「…正直な話、ついさっきエリーゼが言った通り、彼女自身を妃として、そのエリーゼを君が裏から操ることで帝国の未来を変えようとしている腹積もりであると、私も耳にしていた」
「…」
その言葉を聞き、なにかの感情を噛みしめているような表情をアノッサさんは浮かべる。
「アノッサさん、どうなんですか?ぜひ正直に話してほしい」
シュルツもまた、催促の言葉を投げかける。…皆の疑問に答えるように、アノッサさんはゆっくりと口を開いた。
「…はい。そう言った話も、確かにございました。お恥ずかしい話、私はその話に一瞬だけ、心揺らいでしまった事もございました」
彼はどこか自嘲気味にそう話す。
「そ、それならどうして…?」
私もそれが気になる。アノッサさんにとってその話は、大いに魅力的だったはずだ。この帝国の事を誰よりも深く理解していると自他ともに認める彼なら、自分こそが帝国の未来を築くにふさわしいと、そう考えたって何ら不思議ではないのに…
そんな私たちの疑問に彼は、やや笑みを浮かべながら答えはじめる。
「…愚かにも、エリーゼ様を妃とする上級公爵様からの話に心揺らいでいた時…皇帝府にてソフィア様のお噂を聞き、そして直接お話をした時、思い知らされたのです…。上級公爵様やエリーゼ様に味方をしようとした自分の、人を見る目のなさを…。そして同時に、シュルツ様が持つ、帝国の未来を築く確かな力を」
「…」
「…」
彼の衝撃の告白に、誰もが言葉が出なくなる。そんな私たちに構わず、アノッサさんは続ける。
「…思い返せば、あの連合王国侵攻の時から決まっていたのでありましょう。真に帝国の未来を築くにふさわしい人物が、誰であるかなど」
優しい笑みを浮かべ、シュルツの方を見つめながらそう語りかけてくれる。私はもうすっかり流れに圧倒されてしまって言葉が出ないけれど、シュルツは冷静に言葉を返す。
「けれど…本当に良いのですか?あなたほど帝国の事を深く理解している人間はいないでしょう…貴方自身は、本当にそれで…?」
その問いに、彼は自信満々に答えた。
「もちろん、私はこの帝国の事ならば、誰よりも深く理解していると自負しております。それはシュルツ様はもちろんの事、恐れながら皇帝陛下すら上回ると考えております」
しかしそう言い終わったところで、目を閉じる。
「ですが………それだけです。私にあるのは、たったそれだけなのです」
彼は再び私たちの方に顔を向け、希望に満ちた表情で続きを話し始める。
「ですから私は、帝国の未来をお作りになられるお二人の、手助けをさせていただきたい。こんな私でも、必要としてくださるのなら」
「!?」
アノッサさんの言葉の前に、驚きの表情を浮かべるシュルツ。
「帝国の未来をお二人が引き受けてくださるのであれば、私は全力でお二人のご婚約を実現させて御覧に入れましょう。…もっとも、シュルツ様がソフィア様をお諦めになるというのなら、その時は私がソフィア様の相手として立候補させていただきますがね?」
笑みを浮かべながらそう言うと、シュルツに対し自身の右手を差し出すアノッサさん。…してやられた、という表情を浮かべながら、シュルツもまた彼に対して自身の右手を差し出し、二人は固い握手を交わした。
…けれど、私にはどうしてもわからないことが一つあった…
「あの、アノッサさん…今日が最後の日になるって言うのは…一体どういう意味だったんですか…?」
私の疑問にアノッサさんは、優しい笑みを浮かべながら答えた。
「私は、今回の件が実現できなかった暁には、皇帝府長の身を退くつもりでいましたから。もしもそうなったなら、私にとっては最後の皇帝府長の日でしたからね」
その言葉に、私以上にシュルツの方が脱力してしまう。
「そ、そういうことですか…もうまぎらわしいなぁ…」
「クスクス。臣下の言葉を正しく理解されないようでは、先が思いやられますな、お二人とも♪」
アノッサさんはそんな私たちの姿を見て、どこかご機嫌な様子。…初めから私たちは、この人の手の上で踊らされていたわけだ…
しかし笑顔から一転、再び真剣な表情を浮かべ、私たちに言葉を発する。
「私が承った以上、全力を尽くすことをお約束いたします。ですが今回の件でもお分かりいただいた通り、お二人のご婚約に反対の立場をとる者は少なくありません」
それは、今回の一件で私たちが痛感させられたことの一つだ。エリーゼも含め、上級公爵派の人間は思ったよりも大勢いることを思い知らされた。
「っふふ」
…なんだか気持ちの悪い声を出すシュルツ。
「上等じゃないか…そんなに僕たちが幸せになる姿が見たくないなら、反対に嫌というほど見せつけてやろうじゃないか…!」
そう言い、私に笑いかける彼。
「っふふ。そうね♪」
ここにいる皆で視線を合わせると、私たちは互いに笑いあった。私たちの戦いは、まだまだ始まったばかりなのだから。
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