第36話
「ね、ねぇソフィア、今日のディナーは…」
「もう!さっきも言ったじゃないですか!あともう少しですから、おとなしく待っててください!」
「は、はぁい…」
シュルツが私に言葉を投げ、それに対し私が言葉を投げ返す。そしてそこにいる彼の友人の方たちが目を点にする。
「じ、次期皇帝にあんな風に強く言える女性なんて…!」
「ああ…話に聞いた通り、並みの人間じゃないぞ…!」
そしてそんな彼らの後ろでジルクさんが笑う。そこまでがこの流れのセットだった。
「さぁ、できましたよ!冷めないうちに召し上がってくださいね」
料理を待っていたみんなが口を合わせて、頂きますを唱える。…無邪気に食事をほおばるその姿は、まるで少年のよう。この方々がゆくゆくの帝国の中枢を担う人たちだとは、とても思えないほどに。もちろん良い意味で。
「お好みで、こちらのソースもお使いになってくださいね」
「おおお!!!」
雄叫びを上げるみんなの声を聞くと、私もうれしくなる。自分の作ったお料理が、こんなにも喜んでもらえるとは。それも相手はかなりえらい人々…これまでだって、それはそれは美味しい食事を召し上がってきたに違いない方々。…私も少しは、自分に自信を持ってもいいのかな…?
そんな時、後ろから私たちの様子を見ていたジルクさんと目が合った。彼は私に手招きをし、こちらに来るよう合図を送ってきた。私はそれに導かれるままに、みんなの前から離れてジルクさんの元へと向かう。
「すさまじい人気じゃないか。ここにいるよりも、帝国皇帝府直属のシェフの立場の方が向いてるじゃないか?」
彼は笑いながら、からかいの言葉を投げてくる。
「もうっ!そんなんじゃないですから!からかわないでくださいってっ!」
「クスクス。悪い悪い」
そんな冗談をはさんだ後、ジルクさんは表情を一転させ、腕を組んで真剣な表情となる。これから話すことが本題なのだろう。
「さて。とりあえず報告しておくと、シュルツとソフィア、二人の婚約の話はだいぶ固まってきてるようだ」
「ほ、ほんとですか!」
自分でも、嬉しさのあまり顔が赤くなるのが分かる。
「ああ。どうやら宣言通り、オリアス侯爵が貴族院を中心に働きかけてくれているらしい」
「こ、侯爵が…」
…侯爵へのお礼には、本物のブレンシアを持っていくべきだろうか…?それとも、前と同じくブレンシアに似せたお料理を用意して、もう一度からかってみるのもいいかもしれない。どちらの選択肢も魅力的だけれど、これはとりあえずシュルツと一緒に考えることにしよう。
しかし浮かれる私にくぎを刺すように、ジルクさんが忠告する。
「だが、シュルツは相変わらず身分を隠している身である上に、ソフィアも相変わらず貴族家を追放された身だ。シュルツが正式に皇帝の位を継ぎ、その上でソフィアがその妃となるには、まだまだ時間がかかるだろう。…それどころか、何者かの妨害を受ける可能性だって十分にある」
「…」
その通りだった。あくまでもシュルツは偽りの貴族の身、そして私は所詮、貴族家を追い出された身。このまま何も起きずに、事が進むようにはとても思えない。
「だからこそ、油断するなよソフィア。シュルツはよく訓練されてるから大丈夫だろうが、お前はまだそういう経験が少ない。敵はどこから弱みを握ってくるか、分からないからな」
「は、はい!分かりました!」
私は改めて、決意の意思を固める。せっかくつかんだこの幸せの生活を、壊されてたまるものか。
「じゃあ、俺たちも行こうぜ。話してたらすっかり腹が減っちまった」
笑いながらそう言うジルクさんに、私も続く。
「ふふふ。ですね♪」
――それから数日後の事…――
「ゲホッゲホッ…」
「うーん…これはかなり熱があるね…」
私は珍しく風邪をひいてしまい、朝からお部屋のベッドで寝込んでしまっている。…あんな環境で育った身だから、体の強さにだけは妙に自身があったんだけれど、ジルクさんの言う通り油断大敵だったらしい…
「…ごめんね、ソフィア。毎日毎日無理をさせてしまったせいだね…」
「そ、そんなことはっ…ゲホゲホッ…」
…なんだかみっともない気持ちでいっぱいになる。お屋敷の仕事の量も勉強の量も、シュルツの制止を破って増やしたのは自分自身だというのに、結局こうして体を壊してしまい、みんなに迷惑をかける結果に…
「ソフィアを頑張らせすぎちゃったね…屋敷の事は僕たちに任せて、今はゆっくり体を休めるんだ」
「で、ですが…」
私たちの関係を妨害しようとしている連中は、明日にでも何かを仕掛けてくるかもしれない。…私たちには、こんなことに時間を取られている余裕はないというのに…
しかし動きたいという意思とは裏腹に、体の方は正直だった。全身に重しをつけられてしまっているような感覚の前に、私は成すすべなく硬直する。
「…ごめんなさい、シュルツ…」
そう言った私に少し近づき、頬に優しく手を添える彼。私の顔は風邪のせいで熱を帯びているせいか、その手がひんやりと感じられ、それがとても心地よかった。
彼は笑みを浮かべながら、優しく言葉をかけてくれる。
「君が責任を感じることなんて何もないよ。気づけなかった僕の責任だ。愛しい人の不調なんて、本当なら僕が一番に気づかなくちゃいけない事なのに…」
「シュルツ…」
私たちがしばらくの間見つめ合っていた時、不意に外から声がかけられる。
「シュルツ、いるか?」
ジルクさんの声だ。…会議か何かの時間になったんだろうか…?
途端、返事をしようとした私の口を、シュルツが自身の口でふさぐ。
「んんっ!」
い、いくらなんでもこの状況を見られるのは…恥ずかしすぎるというか…!!!
「シュルツ?…いないのか…」
…返事がない事で不在と判断したのか、ジルクさんの足音が少しずつ遠くなっていくのが分かる。…そもそもここは私の部屋だから、ジルクさんはきっと私が風邪で眠っていると考えたのだろう。
…しばらくその時間が続いて、私の唇はようやく解放される。
「っも、もう…あ、危ないったら…風邪、うつっちゃうかもしれないし…」
…ただでさえ体が熱いのに、おかげで一段と熱くなってしまう。
「大丈夫大丈夫!むしろそれなら全然ありなくらいかな♪」
いたずらっぽく、明るく微笑むシュルツ。…公の場で見せる凛々しい彼の姿はどこへやら、私の前でだけは、こういう姿を見せてくれる。
「そんなこと言って、本当にうつっても…むぅっ!!」
再び彼は私の唇をふさぎ、驚いた私の顔に満足したのか、そのまま去って行ってしまう。
…おかげで体が火照ってしまい、全く満足に眠れなかった…
そして数日後…
「あっ頭痛いいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
「もうっ。キスは当分お預けですからねっ」
案の定シュルツに風邪がうつってしまい、屋敷中が大混乱になってしまったのは、また別のお話。
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