第37話

「に、似合ってますかね?」


「いい!すっごくいい!」


 私の姿をまじまじと見つめた後に、シュルツがそう言葉を発した。…いつも勉強を頑張っているからと、突然髪飾りをプレゼントしてくれた彼。藍色の、小さな蝶々をモチーフにしているそれは、私には美しい宝石のようにさえ見えた。


「…」


「…」


 …ど、どうするのこの空気!!二人ともすっかり顔が赤くなってしまって、黙り込んでしまう。お互いに視線をちらっと合わせては、そらしてしまう…それの繰り返し。私がなんとか話題を変えようとした時、突然ジルクさんがシュルツの部屋に押しかけてきた。


「おい二人とも、まずいことになった!!!」


 その迫真の表情から、ただ事ではないという事を私たち二人は瞬時に察する。


「どうした?何があった?」


 さっきまでの表情から一転、シュルツは非常に冷静に言葉を返す。


「アノッサ皇帝府長が緊急の皇帝府会議を開くことが決まって、お前たちもお呼びだ。…その議題は…」


 私たちは固唾をのんで、ジルクさんの言葉を待つ。


「次期皇帝の妃候補、に関する議題…!」


「っ!?」


「…」


 驚愕する私とは対照的に、シュルツは冷静な表情を崩さない。


「ついに仕掛けてきたか。アノッサの性格からして、僕たちの関係をすんなり認めてくれるとは思っていなかったが…」


 アノッサ皇帝府長は確か、前に隣国のユークリル連合王国が帝国に侵攻してきたとき、攻撃するか防戦するかでシュルツと対立した人物だ…。間違いなくシュルツの事を、快くは思っていないであろう人物…


「…で、でも会議だっていうのなら、私たちは堂々としていればいいんじゃ…」


 私の言葉に理解を示しつつも、少しだけくぎを刺すシュルツ。


「…確かに会議という名目ではあるものの、その実態はおそらく僕たちの関係に難儀をつけるものだろう…。それで、会議はいつだ?」


 間髪を入れず、ジルクさんが返答する。


「それが、3日後だ」


「そ、そんな…3日後って…」


「…準備をするには、短すぎるな…」


 皇帝府長のあまりにも用意周到な奇襲攻撃の前に、一瞬言葉を失う私たち。しかしこんな状況にあっても、シュルツは冷静に行動した。


「ジルク、急ぎ馬を用意してくれ。時間がない、それとこれから3日間の間、屋敷内での僕の商談や会議は、すべて先延ばしにするよう手配を頼む」


「承知した」


 ジルクさんは急ぎこの場を後にする。彼はきっとこれらの指示を事前に予想していたのだろう。外にはすでに馬の姿が見えるし、部下たちへの指示もスムーズだ。

 …こんな時、私は自身の無力さを痛感する。


「シュルツ…私は、何をすればいいかな…」


 そんなこともわからないのか!…と怒られることを覚悟した質問だったけれど、その予想とは一転、シュルツは笑みを浮かべながら私に言葉をかけてくれる。


「そうだね。そには、僕のそばを離れず一緒にいていてほしい。お願いできる?」


 シュルツの言葉に力強くうなずき、返事をする。


「おいシュルツ、馬の準備ができたぞ!いつでも出発できる!」


 あまりにも早い。さすがはジルクさんだ。


「さぁ、行こうソフィア」


「い、行くって…どこへ?」


 どこか笑顔にも見える表情を浮かべながら、彼は私の疑問に答える。


「中央貴族にも顔の利く、あの人のところさ!」


 馬にまたがり、出発の準備を整える私たち。


「ジルク、屋敷の事は頼むよ。僕たちはこれから、急ぎ侯爵家を目指す」


 シュルツが極めて冷静にジルクさんに指示を送る。


「ああ、承知した。二人の方こそ、急ぎすぎて転倒なんてするんじゃねえぞ」


 少し笑みを浮かべながら、軽口を口にするジルクさん。私はその言葉のおかげで少し緊張がとけ、リラックスする。


「それじゃあ、行こう!」


「はいっ!」


 全速力で馬を駆け、一目散に目的地を目指す。天候にも恵まれ、これなら比較的短い時間で到着できそうだ。


「…侯爵は、私たちの力になってくれるでしょうか?」


 馬で隣を走るシュルツに、疑問を投げる。


「うーん…前の時もそうだったけど、今回も正直彼には何もメリットがない。僕たちの仲を引き裂きたい皇帝府長に反発してまで、僕たちと一緒に戦ってくれるかどうか…」


「…」


 私も、同じようなことを考えていた。これまでいろいろとお世話になっておいておきながら、私たちとともに心中してくれないかと、頼みに行くのも同然なのだから…


「だけど、侯爵は君の言葉に心動かされた様子だった。君が直接話をすれば、もしかするんじゃないだろうか…!」


 今の私たちには、ただただ侯爵を信じることしかできない。どうか、私たちに力を…

 それれからしばらく馬を走らせ、侯爵家に到着する。…しかし到着早々、使用人の人からとんでもない事が知らされる。


「侯爵が…皇帝府に呼び出された…!?」


 何事にも冷静なシュルツが、少しだけ感情的に言葉を発した。


「は、はい…いきなり皇帝府召喚状が送り付けられてきて…それで今は皇帝府の方に…」


 使用人の人も、何が起こっているのか理解できていない様子だった。


「…しまった…完全にやられた…」


 私もシュルツも、この事実の前に驚きを隠せない。


「アノッサめ、ここまでやるか…」


 …完全に、先回りされてしまった。私たちが侯爵を頼ることなんて、彼には想定済みだったという事だ…。


「どうする…どうする…」


 …珍しく、少しだけ焦っている表情のシュルツ。…私の方も何のアイディアも出せず、重い沈黙が私たちを包む。

 しかしそんな沈黙を、屋敷の使用人の人が破った。


「そ、それで侯爵から、こちらをお預かりいたしております。近日中にお二人の姿が見えたなら、必ず渡すように、と」


 その手には、手紙が握られていた。私たちは一瞬視線を合わせた後、私がその手紙を受け取る。一体何が起きているのか理解できないまま、私は流れのままに手紙を開封していく。後ろからはシュルツが、その様子を見守る。


「…アース様、エステル様へ…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る