第34話

「はぁ…これはまずいなぁ…」


 朝早くから、深いため息をつくシュルツ。彼がこんな姿を見せるのは。なかなか珍しい。


「どうしたの、シュルツ?」


 声をかけた私に対し、彼は一間を置いて私の方へと顔を向け、低いトーンで話を始めた。


「…実は、ロワールが僕たちの事をチェックしに来ることになったんだ…」


――――


「ほう、ロワールがここに来るのか」


 シュルツはズーンとした表情であまり話したくなさ気であったから、私はジルクさんに話を聞いてみることにした。


「どんな方なんですか?そのロワールさんって…?」


 シュルツが嫌がる相手という事は、もしかしてなにか因縁のある相手なのだろうか…?ジルクさんは腕を組み、うーんと唸った後、私の質問に答えはじめた。


「…ロワールは帝国貴族院の統括をしている男だ。主に、帝国に仕える貴族が金銭面な不正を行っていないかどうかのチェックを仕事とするわけだが…」


 …それだけなら、シュルツが彼を苦手とする理由がよくわからないけれど…


「…問題なのは、ロワールは俺が知る中でも、トップクラスの堅物なんだよ。融通が利かないと言うか、真面目すぎると言うか…特に数字にはものすごくうるさくてな」


「な、なるほど…」


 だとしたら、シュルツが会いたくなさ気なのも少しわかるかも…?熱血教師を目の前にした時の、子どものような精神状態に近いんだろうか…?

 しかしジルクさんはそこで説明を終えず、彼が貴族院統括たる理由を話し始めた。


「だがそのまっすぐで生真面目な性格ゆえに、クリティウス皇帝からの信頼は厚い。シュルツだって苦手意識こそ持っているんだろうが、帝国の役人としてのその実力は大いに認めているはず。ロワールは賄賂や不正なんて絶対にやらないような男だからな。しかし反対に、賄賂や不正をわんさとやっている貴族たちからは、一方的に敵視されている」


 私たちが婚約を果たすにあたっては、間違いなくその人の協力も得なければならいのだろう。


「…そんな人が、どうして急にここに?」


 別にここでは不正なんてかけらもやっていないのに、なんの監査に来るんだろうか?


「確かな事は分からないが、多分、金のチェックだろうな」


 岡ね…それは貴族とは切っても切れない関係にあるものだ。領民から徴収した税金はそれぞれの貴族の所有するところとなり、その運用に関して貴族には、絶大な権限が与えらえている。


「無論シュルツは不正なんてやってないから、見られるのは多分、金銭的な運用をきちんと上手に行えているかどうか…」


「あー………」


 …なんとなく理由が分かった気がする。…例えるなら、子どもが自分のお小遣いで変なものを買ってしまって、親に叱られるあれだろう。皇帝陛下はシュルツがきちんと上手にお金のやりくりをしているかどうかのチェックを、自身が最も信頼するロワールさんに任せたのだろう。


 私の脳内で作り出されたロワールさんのイメージは…


――――


「こ、これは領民みんなを集めて食事会をしたからこの出費になっているのであって、決して無駄なものでは…」


「ダメです」



「こ、これはお屋敷がボロボロでどうしようもないって困っている親子のために使ったお金であって、決して無駄なものでは…」


「ダメです」



「こ、これは屋敷のみんなに新しいお洋服をプレゼントしたからであって、決して無駄なものでは…」


「ダメです」



「これは…」


「ダメです」



「これは…」


「ダメです…」


――――


 …なんてやり取りが容易に想像できる。要はシュルツは、ロワールさんに叱られるのがおっくうなだけなのだろう。私はジルクさんとの会話を終えた後、その足でシュルツの元へ向かい、彼の部屋へと足を踏み入れた。

 彼はさきほどまでと変わらず机に突っ伏し、ずーんとした雰囲気を放っている。私は彼を後ろから抱きしめ、声をかけた。


「…私も一緒に謝るから、ね?元気を出して?」


「…ソフィアぁ…」


 涙目で、私の方に顔を向けるシュルツ。その表情に可愛らしさを感じながら、私たちはロワールさんを迎える準備に入ることとした。

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