第33話
その後の侯爵の行動は本当に早かった。彼は宣言通り、今日中に中央から薬を入手して、無事ここまで運んできたのだった。
「なんとか、間に合いましたかな?」
屋敷の前でそう言う侯爵の表情は、やや疲れ気味だった。やはり、かなり無理をしたのだろう。
「お疲れの事と存じますが、時がございません。急ぎこちらへ!」
私は親子の待つ屋敷の中へ、急ぎ彼を案内する。
「みんな無事だったか!!よくやってくれた!!」
親子の介抱をしていたシュルツが、笑顔で私たちを迎えてくれる。私とジルクさんに順に目をやり、最後に侯爵の方に目をやる。
「あなたがここにいらっしゃるという事は、うまくいったのですね。本当になんとお礼を申し上げればよいか」
シュルツは直々に男爵に頭を下げて、深くお礼の気持ちを伝える。
「こちらこそ、伯爵。しかし今はとにかく、こちらを」
侯爵はそう言うと、抱えていたカバンから薬を取り出す。私は導かれるように、カバンの中に視線を移す。
…さすがは中央で使われている薬だ。梱包からレベルが違う。薬自体も、非常に高品質なのだろう。ここ、地方で使われているものとは段違いだ。
事前に待機してくださっていた治癒師の先生に薬を渡し、投薬が始まる。しかしまだ喜べない。治療が始まったからと言って、必ず助けられる保証はないからだ。もしも手遅れの状態だったなら、たとえ薬を投与したところで助けてあげることはできない…
――そして現在に至り…――
何度か危ない場面を乗り越えながら、彼女の母は意識を戻し、会話ができるまでに回復した。
その後、彼女の母親の容体は順調に回復し、日常生活を送るうえでに全く支障のないレベルにまで到達した。
だと言うのに彼女は、重々しい表情で私たちに言葉を投げる。
「皆さま、本当にありがとうございました…そ、それで…お、お薬代はいくらでしょうか…」
恐る恐る、といった表情でそう聞く彼女。その疑問に私が答えようとした時、なんと侯爵が先に答えた。
「これは貸しだな」
「?」
その場にいる全員が、頭上に「?」を浮かべる。そんな皆の表情に構わず、侯爵は続ける。
「この薬は、未来の帝国への貸しだ。ここにいる次期皇帝とその妃は、今の腐った帝国をぶっ壊して、帝国国民全員が幸せになれる未来を作るんだと。…そして俺は、この二人なら本当にそれができるんじゃないかと思っている」
「こ、侯爵…」
そう言葉を漏らす私と、黙って聞き入るシュルツ。
「だからこの薬代は、その未来が実現したときにでも返してくれればいいさ。あんたら親子の幸せな表情でな」
侯爵は力強く、自信にあふれた表情でそう言い放った。
「こ、侯爵様…ほ、本当に…本当にありがとうございます…!」
「ありがとうございます…!!」
額が床についてしまいそうなほど頭を下げ、心の底から感謝を告げる二人。その横で、誰かが突然噴き出した。
「…ぷっ」
思わず噴き出したのは、ジルクさんだった。
「な、なんだよお前…俺は別に変なこと言ってないだうが」
「いや、なんでも♪」
どこか楽しそうに、侯爵をあしらうジンクさん。二人のその後のやり取りに耳を澄ましていたら、不意に横からシュルツに話しかけられる。
「…ソフィア、必ず実現しないといけないね。誰もが笑って過ごせる、明るい帝国を」
笑い合うみんなを見つめながら、シュルツが私にそう言った。
「…あなたと一緒なら、かならず」
改めて私たちは未来を誓い合い、一層の覚悟を共に決めたのだった。
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