第27話

「お、お待たせいたしました…」


 私は恐る恐る、侯爵のもとへとお料理を運ぶ。…正直なところ、自信は全くない。一応知識では知っていたものの、自分で試したことなんて一度もない調理法だったからだ。それを失敗の許されないぶっつけ本番で、実行してしまうことになったんだから…


「うーむ、見ただけではよくわからんな。見た目で見抜けぬよういろいろな工夫を凝らしてきたようだな、全くこざかしい…」


 私は動悸が激しく、冷や汗をかき、もはや侯爵の挑発に乗る余裕もない。一方でシュルツは、冷静に侯爵へ言葉をかける。


「丹精込めてお作りさせていただいた証拠です。侯爵の深読み癖にもこまりますね」


「ふんっ。どんな小細工をしようとも、ブレンシアの味や食感というものは誤魔化せはせんぞ。あらゆる地域、種類のブレンシアを食してきた私だからこそわかるのだ」


 自信満々に笑いながら、高らかにそう告げる侯爵。その姿に、私はより一層全身が緊張する。…見破られてしまったら、一巻の終わりだ。


「まぁそれでは、頂くとしよう」


 侯爵はそう言うと、一口、また一口と料理を口の中へと運ぶ。


「妙に、味が薄いな…これは…」


 考えを巡らせながら噛みしめること約一分。突如侯爵は下品な声で高笑いを始めた。


「ククク、なるほどそういうことか!ハハハハハッ!」


 …まさか、仕掛に気づかれてしまったのでは…私は額に汗が流れる嫌な感覚を覚えながら、シュルツの方に視線を移す。彼もまたなんの手立てもないのか、無表情で微動だにしない。


「いやいや、すまんすまん。おかしすぎてな。まず先に、このブレンシア料理そのものは絶品だ。この腕はうちの専属料理人にも劣るまい。だが…」


 私は動悸を必死に抑え、表情に出さないように心がける。


「…口にしたところこの料理、ほとんど調味料が使われていないな?」


 自信満々に不敵な笑みを浮かべながら、そう言葉を発する侯爵。彼は私たちの顔を観察しながら、そのまま続ける。


「調味料をあまり使わずに済むのは、アルト―ル地で収穫されるブレンシアだ。これはブレンシア自身に塩分や甘味が豊富に含まれているから、調理量を足す必要がない。したがって普通に考えれば、この料理はアルトール地のブレンシアを使っているという事になる。だが…」


 ドクッドクッ…心臓の鼓動が、また一段と早くなる。少しでも気を抜けば、この場に倒れこんでしまいそうなほどに。


「だがそれが巧妙な罠。なぜならアルトール地のブレンシアの触感は、もっと弾力があるからだ。つまり、私にそう思い込ませるためのトリック。であるならばこのブレンシアは…」


 私もシュルツも、固唾をのんで侯爵の言葉を待つ。


「ノース地のブレに違いない。ノース地のブレは味が薄いために、通常は様々な調味料の使用が前提となる。そこをあえて使用しないことで、私の舌を誤魔化そうという魂胆だったのだろう?…くっくっく、その考えはよかったが、触感というものは私の前にごまかせないのだよ…残念だったねぇ…お二人さん」


 侯爵の推理を聞き届けたシュルツが、最後の確認の言葉を問いかける。


「…では、お答えは?」


「これは正真正銘、ノース地のブレンシアだ」


 その後の沈黙は実際には数秒だったのだろうけれど、私にはとてつもなく長く感じられた。


「…ではソフィア、答えを」


 私は深呼吸をして心を落ち着かせ、はっきりとした口調で侯爵に告げる。


「こちらのお料理は…」


「くっくっく。聞くまでもない」


 侯爵の揺さぶりに耳を貸さないよう心掛け、心臓を落ち着かせ、彼を信じ、自信をもって答えた。


「ワカメにハッカアロエ、それにマメでございます…」


「は、はぁっ!?」


 驚愕の声を侯爵は上げる。そんな侯爵に構わず、努めて冷静に私は続ける。


「従いましてこちらのお料理には、ブレンシアなど一切使用しておりません」


 反射的に机をたたいて、侯爵が抗議の声を上げる。


「そ、そんなことがあるか!!た、確かにブレンシアの味が…!!」


 感情的に声を上げる侯爵を落ち着かせるように、今度はシュルツが冷静に口を開く。


「お聞きになった通りです。こちらのお料理には、ブレンシアなど全く使用しておりません」


「ざ、戯言を…そんなはずがないっ!!」


 現実を受け入れられない様子の侯爵に、シュルツが答え合わせを始める。


「たった今あなたが召し上がったのは、だまし料理と呼ばれるものです」


「だ、だまし料理…だと…!?」


 侯爵は改めて、目の前の食事をまじまじと見つめる。


「だまし料理というのは、全く異なる具材を用いて、肉や魚に見た目や味を似せて作られる料理の事です」


 その通り。私がかつて公爵家にいた頃、安い具材を使って高級料理を再現しろと無茶な命令を下されたことが何度もあった。毎日毎日出来が悪いと言われて叱責される中で、気づけば自分でも信じられないほどそのレベルがあがっていた…


「な、なんだと…それじゃあ私は…」


 答え合わせを聞いてやや落ち着きを取り戻したのか、侯爵は少し気持ちが収まってきているようだ。


「ブレンシアなど入ってもいない料理の名を口にして、長々とあれだこれだと語っておられましたね。大変勉強になりました」


「ぐっ…」


「ですがこの結果により、私はあなたの言葉を信じることができなくなってしまいました。皆の血税で買いあさっておられた高級ブレンシアの味を、あなたの舌は全く見抜けなかった」


「ぐうう…」


「さらに言えば今回使用したハッカアロエは、あなたの領有地の特産品でもあります。あなたはさきほど、確かに私におっしゃった。きちんと民たちの事を理解しているのかと。彼らの声を聞いているのかと」


「ううう…」


 もはや言葉もない様子の侯爵に対し、シュルツは追撃を行う。


「理解などせず話も聞いていなかったのはあなたの方ではありませんか?あなたの領有地で皆が懸命に育てているハッカアロエの味すら見抜けず、あろうことかその皆の血税をわがもの顔で浪費し、その上でこういう時だけは皆を束ねる貴族面をする」


 彼の言葉の前に、侯爵はただただ黙るほかなかった。


「帝国にとって本当にマイナスな存在なのは、ソフィアではなくあなたなのでは?あなたはそれでも」


「分かった!!!分かったからもうやめてくれ!!!」


 それまで黙って話を聞いていた侯爵が、突然大きな声を上げてシュルツの言葉を遮った。ついさきほどまでの高圧的な表情は消え、一転してすべての自信を喪失したような表情を浮かべていた。侯爵はその表情のままに、小さな声で言葉を発し始める。


「…まさか、だまし料理を出してくるとは…そしてまさかこの女性が、この場でこれほどの腕を披露する度胸の持ち主であったとは…」


 俯き、自身の行いを後悔しているような様子の侯爵。そんな彼に対し、シュルツが最後の言葉を発する。


「あなたは自身が領有地の民たちに全く向き合っていないにもかかわらず、私たちがそうだと言いがかりをつけ、その上ソフィアを心無い言葉で傷つけた。これらの行いは、すべて父上に報告させていただき、しかるべき報いを受けて頂く。ご覚悟を」


「ぐっ…うううううぅぅぅぅぅ…」


 侯爵はその場に膝から崩れ落ち、部屋の外で待機していたジルクさんたちによって屋敷の外へと運び出されたのだった。

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