第28話

 連れ出される侯爵の姿を見ながら、私の頭をある不安がよぎった。…このままシュルツが皇帝陛下にありのままを報告すれば、侯爵もそのご家族も、ただでは済まない処分となることは避けられない…ジルクさんの話では、侯爵家には生まれたばかりの幼い子供が2人いるのだと。その子たちの未来までも、このままでは奪ってしまいかねない…


 門の直前まで追い出された侯爵が、私たちに最後の言葉を叫ぶ。


「わ、悪かったと思ってる!本当に!だから見逃してくれ!頼む!」


 私の隣に立つシュルツは一歩前に出て、彼の様子をうかがう。


「…」


 しかし彼は何も言わない。ただただ無言で、成り行きを見守っている様子だ。


「た、頼む!お願いだ!せめて子供たちだけでも助けてやってほしい…!」


 侯爵のその言葉を聞いて、ようやくシュルツが言葉を発した。


「…今のあなたには、何よりも優先して言わなければならないことがあるのではないのですか?」


 …言わなければならないこととは、一体何だろう?私にも分からない…


「わ、分かってる!君たちの婚約が、前向きな形で進むよう貴族会に進言させてもらう!約束する!」


 侯爵は確信的に、大きな声でそう言った。しかし一方のシュルツは、相変わらず表情を変えない。


「…違います。そんなことではありません」


「っ!?」


 私も含め、侯爵も全く理解ができていないようだ。シュルツは侯爵に、一体何を言わせようとしているのだろうか…?


「…あなたはソフィアを傷つける発言をした。それに対する謝罪の言葉を、私は全く聞いていないのですが?」


「っ!?」


 侯爵以上に、私が驚愕した。…正直もう、そんなことは気にさえしていなかったから…

 侯爵はその言葉を聞いてハッとした表情を浮かべ、私の方へと視線を移す。その顔はみるみる涙目となり、そのまま彼は両膝を地に着いた。


「…ソ、ソフィアさん…ほ、本当に…本当に申し訳ありませんでした…」


 侯爵は両目から涙を流し、両膝をついて私にそう言葉を発した。肩が震え、嗚咽も聞こえる。心の底から後悔している証拠なのだろう。

 しかし私はどうしていいか分からず、思わずシュルツの方に視線を移す。そんな私に対し、彼は優しい表情で私の方を見返す。私の事を信じていると、心を通じて彼の思いが伝わってきた気がした。私の答えはもう、決まった。


「…オリアス侯爵、私はあなたの言葉を信じます。臣下の言葉を信じるのは、妃となる者の務め。あなたには帝国発展のために、これからも尽力していただきたく思います」


 私の言葉を聞いた侯爵は、一段と流す涙の量を増やし、震える声で私に言った。


「ありがとう…ありがとう…本当に…ありがとう…このご恩は…このご恩は生涯忘れません…!」


――――


「僕としてはどちらでも良かったんだけど、君は本当にあれで良かったのかい?」


 侯爵が去ったのちに、シュルツが私に疑問を投げる。


「侯爵は泣きながら謝って、頭まで下げられたんです。…あれだけ馬鹿にしていた私に。あの謝罪は私には、嘘には思えませんでしたから…」


 それは私の嘘偽りのない本心であり、確信だった。


「ソは、お人好しだねぇ」


 やや苦笑いを浮かべながら、シュルツがそう言った。


「…それと、もうひとつ理由があるんです」


「?、なんだい?」


 侯爵のおかげではっきりしたのは、私たちの婚約を快く思っていない者が、一定数いるという事実だ。それがきちんと判明しただけでも、私は彼を許してあげてもいいのではないかと思ったのだ。結局これも、私がお人好しなだけなのかもしれないけれど…

 そんな顔の私を見て、シュルツが声をかけながら抱き着いてくる。


「どんな結果になっても、僕は君の決断を信じるよ。僕は、君が大好きで仕方がないんだからっ!」


 一層の胸の高鳴りを感じながら、私は彼のぬくもりに身をゆだねるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る