第2話

 一方のエリーゼはというと…



「ねえエリーゼ、机の上の私の書類が水浸しになってたんだけど、心当たりとかない…?」


 全く腹が立つ。この女は何かあると、いつも1番に私を疑う。まあ、今回は私がやったんだけど。


「いえ、私にはまったく…ごめんさない、お姉様のお力になれなくて…」


「本当に…?」


 犯人はもちろん私だけど、やったのは私だろうと言われると腹が立つ。私はいつもの答えを返す。


「わ、私を疑っているんですの!?」


「い、いえ…そういうわけじゃ…」


 これがいつものパターンだ。全くこの女も懲りない。お兄様もお兄様だ。こんな女早く追い出してくれればいいのに。


「そ、それじゃあ私は帰るから…」


 あの女が部屋から去った後、私は一目散にお兄様の部屋を目指す。私はお兄様が大好きだ。お兄様はいつでも私の味方で、私の言うことを何でも聞いてくれる。前に貴族の娘が私を精神的に攻撃してきた時も、お兄様は私を優しく慰めてくれた。あの娘に罰を与えて欲しいという、私のお願いも聞いてくれた。今もまた、そんな大好きなお兄様の元へお願いをしに向かう。

 私は部屋の扉を無造作に開け、机に向かって椅子に腰掛けていたお兄様に飛びつく。


「お兄様ぁ~またソフィアお姉様が…」


 もう何度口にしたか分からないその言葉を、今日もまた言ってお兄様にすがる。お兄様は私の頭を優しく撫でながら、暖かい声で言った。


「大丈夫だよ、エリーゼ。いつでも僕がついているからね」


 お兄様は優しい。大好き。


「お兄様、私もうソフィアお姉様と一緒に住みたくないの…」


 私は少し、表情を曇らせるふりをしつつ、俯く。あんな女なんて名前も口に出したくないけど、今は我慢だ。


「全く、ソフィアにも困ったものだな…あんなに何度も注意しているのに、またエリーゼを傷つけるなんて…」


「お兄様、私もう限界ですわ…」


「わ、分かったよエリーゼ!もう追い出してしまおう!ごめんねエリーゼ、今まで我慢をさせてしまって…」


 お兄様は心底申し訳無さそうにそう言いながら、私を抱きしめる。ああ、これだからやめられない。


「本当に!?ありがとうお兄様!!」


 私はそう言ってお兄様を抱き返す。顔はよく見えないけど、きっと赤くなっているのだろう、熱が私に伝わってくる。全くお兄様はちょろい。だから大好き。

 これでようやく、あの女がここからいなくなる。全くいい気味だ。ただでさえ平民上がりの卑しい女が、この王宮で共に寝泊まりしているという事実に、震えが止まらない。この一年間は、生きた心地がしなかった。けれど、それももうすぐ終わるのだ。他でもない、お兄様がそう約束してくれたのだから。

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