第7話 白拍子
その白いもの姿が大きくなって、私のヘッドライトの中に浮かび上がった。
若い女だった。平安貴族が着るような服を着ている。
女は男のように白い水干を身につけ、烏帽子をかぶり、額に白鞘巻をさしている。黒髪が背中に長く伸びて、腰近くまで達していた。美しい顔立ちだった。
女の口から声が出た。聞いたことのない不思議な節回しだ。それは唄だった。唄を謡いながら、女がゆっくりと舞い始めた。
「
うしろに
前には
私と春馬が照らすヘッドライトが暗闇に二条の光を投げかけていた。その二条の光の中に、女の白い水干が浮き上がって、ゆっくりと舞っている。
私は息をのんだ。
まるで、幽玄の世界のようだ・・
私たちの前で、女が二回、同じ唄を謡って舞った。そして、女の姿が消えた。
私は女の唄と舞の余韻に浸った・・
春馬の声がした。
「水だ」
私はそれで我に返った。
「えっ」
見ると、さっきまで女が舞っていた場所に、
私と春馬は瓶に駆け寄った。ひしゃくで交互に水を飲んだ。次に私は口に水を含むと、美雪に駆け寄った。口移しに美雪の口に水を流し込んだ。
美雪。お願いだから死なないで・・
私は何度も美雪の口の中に水を送り込んだ。
少しすると、美雪の眼が開いた。ヘッドライトの光の中で、美雪が私を見るのが分かった。美雪の口から声が出た。
「あっ、茜ね・・こ、ここは?」
私の眼から一気に涙がこぼれた。私はゆっくりと言った。
「美雪。もう大丈夫よ。ゆっくりと休みなさい」
美雪が私に微笑んだ。そして、ゆっくりと眼を閉じた。
春馬が私の横にやって来た。私は春馬に聞いた。
「山川君。さっきの女性は何だったのかしら?」
春馬が私を見た。私と春馬のヘッドライトの光がぶつかって干渉し合った。春馬が言った。
「
「えっ?」
「白拍子は、平安時代末期から鎌倉時代にかけて実在した女の芸人なんだ。男の衣装である水干や鳥烏帽子を身に着けて、さっきのように謡って踊ったんだよ。そして、春をひさいだと言われている」
「さっきの唄は?」
「あれは
「梁塵秘抄?」
春馬が続ける。
「梁塵秘抄は1180年ごろに、後白河法皇の命で編纂されたもので、当時の
遊びをせんとや生れけむ
遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ
という唄で有名だ。この唄は茜も聞いたことがあるだろう」
私も高校時代に習った記憶があった。私はこっくりとうなずいた。春馬が白拍子が舞っていた場所を見つめながら言った。
「白拍子が僕たちを助けてくれたんだ。でも、どうして、不動明王の唄を謡ったんだろう?」
不動明王?
私の記憶に何かが引っ掛かった。
そのときだ。廊下の端から、あの音が聞こえてきた。
ガシャリ・・ガシャリ・・ガシャリ・・ガシャリ・・ガシャリ・・
音がこちらに近づいてくる。
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