第4話 鎧武者

 そこは、10畳ほどの日本間だった。畳はささくれ立ち、変色して波打っていたが、まだ原型を残していた。隅に床の間があって、掛け軸が掛けてあった。床の間の上には、錆びた薙刀なぎなたが1本取り付けてある。右手に障子戸があった。部屋の中には畳のすえた香りが漂っていた。


 恵一がみんなに言った。


 「みんな、いつものようにヘッドランプを消してくれ」


 私たちは『バッテリー 内蔵ライト』をつけると、必ず各自のヘッドライトを消すようにしている。ヘッドライトの電池の消耗を避けるためだった。


 私たちがヘッドライトを消すと、中央のライトが唯一の灯りになった。私たちは自然に中央のライトの周りに集まった。明るい光が一番安心できるのだ。誰かがフーと大きく息を吐いた。それを合図に、私たちはリュックを肩から外して畳の上に置いた。立ったまま、お互いの顔を見回した。


 ライトから出るオレンジ色の光が私たち一人一人の正面に当たっている。部屋の中央から壁に向かって、放射状に5つの長い影が出来ていた。

 

 美雪が横の海斗の腕にしがみつきながら言った。


 「何だか気味が悪い部屋ね」


 ライトが下から当たって、美雪の顔にオレンジ色の不気味な陰影を作っていた。


 海斗が美雪の顔を見ながら口を開いた。海斗の顔もオレンジの光に歪んで見えた。


 「ほら、悪魔なんていやしねえよ」


 すると、春馬が床の間に歩いて行った。埃をかぶった掛け軸に手を伸ばした。


 私は驚いて声を掛けた。


 「ちょっと、山川君。何をするの?」


 春馬は私の声に応えず、そのまま掛け軸を外してしまった。埃を払うと、それを私たちのところへ持ってきた。春馬が私を見て笑った。


 「この廃屋に行って来たっていう証拠がいると思ってさ。この掛け軸は証拠品にならないかな?」


 私は言った。


 「それって泥棒よ。やめた方がいいわよ」


 春馬が笑った。


 「だって誰も住んでいないんだぜ。これくらい持って帰っても問題はないよ」


 そう言うと、春馬は掛け軸をライトの光の中に差し出した。掛け軸の絵がオレンジの光の中に浮かび上がった。全員がそれを覗き込んだ。


 美雪の悲鳴が響いた。


 「キャー。な、何よ。これ?」


 掛け軸には、打ち首にされた生首の絵が描かれていた。


 そのときだ。廊下の端から音が聞こえた。ガシャリ、ガシャリという音が少しずつこちらに近づいてくる。


 誰もがその場に固まってしまった。


 美雪が海斗にしがみついた。


 「な、何、あの音?」


 誰も答えなかった。


 音が近づいてくる。


 ガシャリ・・ガシャリ・・ガシャリ・・ガシャリ・・ガシャリ・・


 ふすまの前で音が止まった。全員が破れたふすまを見つめた。私の足が恐怖でがくがくと震えた。


 ふすまが少しずつ開いていった・・


 ふすまの向こうに、オレンジ色のライトに照らされた鎧武者が立っていた。真っ黒な鎧を着て、顔には総面と呼ばれる黒い防具を付けている。そして、手には抜き身の日本刀を握っていた。


 恵一が慌てて言った。


 「あっ、すいません。勝手に上がり込んでしまって・・あの、僕たち、S大の学生で、都市伝説研究会の者なんです」


 この家の人が鎧を着て現れたと思ったのだ。恵一が鎧武者に一歩近づいた。


 突然、鎧武者が刀を頭上に振りかぶった。そして、それを恵一に向けて振り下ろした。刀が半円形にオレンジの光を反射した。


 ぐわっという鈍い音がした。恵一が音もなく畳に倒れた。誰も何も言わなかった。私は何か演劇を見ているような錯覚にとらわれた。まるで、恵一と鎧武者が舞台で演技をしているように思えたのだ。


 倒れた恵一の胸から赤いものが畳に流れてきた。鎧武者が一歩中に進んだ。再び、刀を頭上に掲げた。


 美雪が叫んだ。


 「キャー」

 

 その声で、私たちはパニックになった。全員が部屋の中を逃げ惑った。 


 春馬が横の障子戸を押し開けた。春馬が叫んだ。


 「みんな、こっちだ」


 私たちは我先に障子戸から廊下に飛び出した。

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