第3話 日本間 

 建物の中にはよどんだ空気があった。私たちはヘッドライトをつけて奥に進んだ。カビと埃の匂いが鼻を突いた。


 ヘッドライトの光の中に、上がりかまちが浮かび上がった。春馬が土足のままかまちに上がる。私たちも同じように土足で続いた。


 長い廊下があった。廊下の周囲は日本間が続いていた。元旅館だけあって、部屋数が多い。


 私たちは一列になって、廊下を進んだ。私たちの目的は、はっきりしている。この日本家屋に悪魔なんていないことを証明すればいいのだ。だからこうして、しばらく家の中を歩き回って・・そして、全員が無事に外に出てこられたら、それで終わりなのだ。


 外から見たときは、朽ち果てているように見えたが、家の中は意外にしっかりしていた。もちろん、廊下に穴が開いていたり、ふすまや障子が破れ放題にはなっていたが・・家の柱や梁はそのまま残っている。


 しばらく歩いたときだ。私は廊下の隅に、折りたたまれた紙切れが落ちているのを見つけた。私の前を歩いている4人は気が付かなかったようだ。広げてみると、縦30cm、横10cmぐらいの紙だ。何か絵が描かれている。ヘッドライトの光の中にかざすと・・不動明王の絵だった。すさまじい怒りの表情を見せて、右手に鋭い剣を持ち、左手には羂索けんさくと呼ばれる策条をささげている。都市伝説研究会で活動していると、自然にこういうことに詳しくなるのだ。


 この建物が旅館をやっていたときに、誰かが捨てたのがまだ残っていたのだろう。私は廊下に戻そうとしたが、思いとどまった。仏様の絵だ。廊下に捨てたりすると、罰が当たるような気がした。私はパンツのポケットにその紙をしまった。


 気が付くと、前を歩く4人のヘッドランプがだいぶ先に行っていた。私はあわてて4人を追いかけた。


 すると、先頭の春馬が立ち止まった。春馬が横の部屋を指さして言った。


 「この部屋でちょっと休憩しようぜ」


 春馬が破れかかったふすまを開けて中に入った。私たちは春馬に続いた。


 私たちが全員部屋の中に入ると、恵一がふすまを閉めた。


 恵一が薄ら笑いを浮かべた。


 「ふすまが開いてると、何かが飛び込んできそうで気味が悪いや」


 そう言うと、恵一は背中のリュックから小型の『バッテリー 内蔵ライト』を取り出した。キャンプなどでよく使われるライトだ。土台に円筒型のライトが垂直についていて、一方向だけではなく、360度の全方向を照らすことができる優れものだ。都市伝説研究会の活動はいつも夜だ。それで私たちは都市伝説研究会で活動をするときには、必ずこのライトを持ってくるのだ。


 恵一が『バッテリー 内蔵ライト』を部屋の中央に置くと、スイッチを入れた。眩しいオレンジの光が広がった。


 部屋全体が一気に明るくなった。

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