第21話 20.2023年 2月

 僕は彼女の死になんの感情も抱いていない。彼女のことを想って胸を痛めることも無い。彼女のことを思って涙を流すこともない。彼女との日々を思い出して、懐かしむこともない。彼女の死に対して、一切心を揺らしてなどいない。


 それなのに、なぜだろう。僕は何もする気が起きずにいた。精力的に動こうと半ば強制のように予定を詰め込んでいた就職活動も、停滞してしまった。何かに熱くなれないし、情熱を持てないでいた。


 それどころか、生きている実感すら希薄に感じる。


 僕は今何をしている?

 僕は今どこにいる?

 僕は今何を聞いている?

 僕は今何を見ている?


 僕の目に映るもの、耳に聞こえるもの、五感が捉えている全てが、僕の頭に入ってこない。まるで脳がフィルターをかけてしまったかのように、僕の世界は色を失っていた。


 僕は何をすれば良い?

 何に熱くなり、何に想いを寄せれば良い? 


 もう、わからない。もう、何もしたくない。何もかもが億劫だった。


 食事を摂るのも面倒で、何も食べずに過ごしたり、眠らずに過ごしても平気だったり。身の回りのことにも気を配らず、部屋の中は荒れ放題になった。僕はもう生きる屍だった。


 連絡は全て無視をした。家族からは何度も電話があった。それでも僕は反応しなかった。そのうち諦めたのか、連絡は途絶えた。


 そんな風に過ごしていたある日、突然両親がやってきた。両親は、僕の姿を見て絶句していた。父は怒鳴り、母は泣いた。両親の説教が夜遅くまで続いた。


 翌朝、久しぶりに母の作った朝食を食べた。まともに食べた朝食は、味が妙に染みた。


 僕は、初めて自分の心が壊れかけていたことに気がついた。僕一人だった空間に、誰かがいるということがこんなにも安心するものだということを忘れていた。


 僕はいつから僕だけの世界に閉じこもっていたのだろうか。


 両親と話をしたことで、少しずつ自分が変わっていくのを感じた。僕は、自分で思っているよりもずっと弱く、脆かったみたいだ。


 それから僕は、もう一度生活を立て直すことにした。


 大学の授業は、幸い毎回のレポート提出で単位が取れるものばかりを受講していたので、腐っていても単位を取ることができていた。


 就職活動は難航している。しかし、まだ大学三年の二月だ。焦ることはない。そう両親は言う。


 両親は、また僕が自分の殻に閉じこもってしまわないかと心配しているようだった。大丈夫だと、僕はそう言いたかった。


 けれど、僕にはまだそれができない。

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