第19話 18.2022年 10月

 想いを寄せた相手の衝撃の逮捕報道から二か月。僕の中ではまだ彼女への想いがくすぶっていた。大学内には彼女に騙された被害者が複数いるようで、学校内に被害者の会が発足したと聞いた。友人経由でそのことを知った僕だったが、犯罪者となった彼女とはもう関わりたくないという気持ちが強く、僕は被害者の会には参加しなかった。ただ、突然に終わりを迎えた恋は、モヤモヤとした消化不良の想いとなり、度々僕の心を覆っていた。


 そんな暗くジメッとした思いを振り払いたくて、僕は就職活動を開始した。何か新しいことに打ち込んで、気持ちを切り替えたいという思いももちろんあったのだが、正直に言えば、そういう時期になったから仕方なく始めただけだった。


 新卒者向けの求人情報サイトのいくつかに登録をし、企業検索をしながら自己分析をしたり、ウェブテストを受けたり、それなりに就職活動っぽいことをする。しかし、僕の中で社会人になるためのモチベーションがどうしても上がってこなかった。


 社会人になる、それすなわちお金を稼ぐこと。お金を得て僕はどうする? そこを考えると、どうしても彼女のためにせっせとアルバイトに勤しんでいた時のことが心に浮かんでしまい、仕事に対して、なかなかあの時のような前のめりな気持ちにならないでいた。


 僕は未だに彼女を忘れられずにいる。あの日以来、彼女の名前をニュースで聞くことは無かった。それでも僕は時折彼女の名前を検索していた。


 もうすっかり慣れてしまった手つきでキーボードを叩き、彼女の名を検索にかける。すると、出てくるのは彼女が関わった事件の数々だった。美人局やデート商法、出会い系詐欺、そして援助交際。彼女の名前は様々なところで見つけることができた。もう見慣れたそれらのネットの記事を僕は無感動に眺める。これらの記事の一体どれだけが真実なのか。彼女は本当にこんな事をしていたのか。どこかに嘘が紛れているんじゃないか。実際にお金をだまし取られたというのに、まだそんなふうに彼女の事を案じてしまう自分が嫌になる。


 もう、終わった事なんだ。終わった事にいつまでも囚われていては前に進めない。そう自分に言い聞かせるが、心の奥底ではやはり、彼女の事が引っかかってしまう。


 そんな思いに振り回されていると、ニュース速報が流れてきた。何気なくそれをクリックし、ページを開く。


 どうやら渋谷で大事件が起きたらしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る