第18話 17.2022年 8月
殺人ウィルスはもはや日常になり、皆が活発に活動する中、僕だけは頑なに自粛生活を続けている。だが、僕の中にも少なからず変化はあった。
まず、ウィルスに対する恐怖をあまり抱かなくなった。ニュースなどで取り上げられる人々の姿は、もう完全にウィルスが蔓延する前のそれで、世の中に脅威はないと思わせる。そんな姿に心惹かれ、僕も街へ繰り出そうと思ったことは一度や二度ではない。しかし、その度に思いとどまってきた。だって僕は皆と違う。ウィルスに対する免疫が一切ないのだ。
ウィルスは自身の型を変え、どんどん強力なものに変異しているらしい。それに対抗するために、ワクチン接種は定期的に行わなければならないようで、早い人だと既に四回目の接種が始まっているらしい。それでなんとかウィルス抗体を維持しながら、人々は日常生活を送っているのだ。
しかし、僕はまだ一度もワクチンの接種をした事がない。そんな僕がひとたび外へ出たら、きっとあっという間にウィルスにやられてしまうだろう。たぶん僕は今、日本中で一番ウィルス耐性の低い人間だ。
そんな事を思いながらも、外への憧れは日に日に増していく。正直に言えば、もう、部屋に篭ってばかりの生活にはうんざりしている。何か外に出るきっかけがあれば。二年以上も部屋に引きこもっている僕を外へと引っ張り出してくれる強力な言い訳をもとめて、僕は最近ネットでニュースを見ている事が多い。
『三年ぶりに花火大会が開催』と躍る見出し。花火など久しく見に行っていない。行ってみようか。いやいや。きっとひどい人混みになる。耐性の低い僕には危険な場所だ。それに、そんなところに男一人で行っても楽しくないか。ああいう場所は彼女と行くから楽しい思い出になるのだろう。
もし僕が、もっと早くに外へ出る勇気を持てていたなら、ウィルスに立ち向かう勇気があったのなら、今頃は彼女と楽しい思い出がたくさん作れていたかも知れないのに。彼女だって、あんな事をしていなかったかも知れないのに。
いつの間にかそんな思いが胸の中で疼き出し、気持ちを切り替えるために、次のニュースに目を向ける。
僕はそのニュースに目を疑った。逮捕者の名前の中に、彼女の名前があったのだ。
今しがた想いを馳せた彼女は、犯罪に手を染めていた。
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