第6話 5.2020年 8月

 大学の前期の試験は、ほとんどがレポート提出の形式を採っていた。オンライン試験をどのような形で行うべきか、学校側もまだ模索中ということだろう。しばらくの間、レポート作成に追われて、昼夜問わず、パソコンの画面に映し出されるたくさんの論文とにらめっこをしていた僕は、八月に入り、夏休みを迎えると、ようやく一息つくことができた。


 相変わらず、テレビやネットのニュースでは日々の感染者数を取り上げている。しかし、その一方で政府は、人々に積極的な外出を促すような政策を打ち出した。


 春に発出された緊急事態宣言に、多くの産業があおりを受けていたが、中でも飲食業や観光業、娯楽関係のサービス業など、主に「人の欲求」を満たすことを生業にしている業界は、大打撃だったようだ。そんな経済の回復を目指すべく、政府は消費者への支援金バラマキ政策を決めたのだ。


 政策の効果は絶大で、街はどこもかしこも、民族の大移動かというほどに、人々の活発な活動で賑わっていた。


 僕も、夏休みを利用して遠出をしないかと、所属サークルである『eスポーツ研究会』の仲間に誘われたが、丁重にお断りをした。


 なぜ人々は、平気で外出するのだろうか。なぜ彼らは平気で他者と関われるのだろうか。僕は、未知の殺人ウィルスが恐ろしくて仕方がないというのに。


 そんな思いで、いくつかの誘いを断った。これまでは、夏休み中、目一杯に予定を詰め込み、むしろ休みが足りないと思っていたのだが、大学生活初の夏休みは、殺人ウィルスのおかげで、日々は退屈に過ぎ、夏休みが終わるのは、ずいぶんと先のように感じられた。


 そうして、政府の支援金バラマキ政策の恩恵にあずからずに、暇を持て余していた僕は、アルバイトをすることにした。もちろん、オンラインでできる仕事だ。アンケートの集計データを作成したり、何の数字か分からないが、ひたすら数字を入力したりと、データ入力のためにパソコンに向き合う日々。そんな在宅ワークは、まるで、一端の社会人になったようで、鬱屈としていた僕の気持ちは、次第に、晴れやかになっていった。


 社会人に夏休みなんてないっ! 


 夏休みに浮かれているなんて、まだまだ子供だなっ!


 僕は、データ入力をしながら、友人たちが、遊び惚けて散財している姿を思い浮かべ、一人悪態をつく。そして、その間に、自分は、社会人としての経験を積み、お金も稼いでいるのかと思い、優越感に浸る日々を過ごした。

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