かわいいひと

浅葱

彼女の恋・私の恋

 好きな人に、昼休み屋上に誘われた。

 黒髪ボブ、黒縁メガネ、肌は白いけど地味を絵に描いたような私は自嘲した。

 ああこれは何かの罰ゲームなのだな、と。


「ちょっと呼び出されたみたいだから行ってくるね」


 中学の頃からのかわいらしい友人に断わって私は席を立った。友人は何か言いたそうな表情をしたが、「あとで教えてね」と言うだけで特に追求もせず送り出してくれた。



 屋上に続く扉は普段は鍵がかけられているが今日は開いているようだった。

 開けようとして開かなかった、なんてどっきりも予想はしていたがそれで終らすつもりはないらしい。

 屋上の扉を開けると、給水塔の側で困ったような顔をした彼の姿があった。


「用って何?」


 そっけなく聞くと、彼は頭を掻いた。


「いや……大したことじゃないんだけど……」

(そりゃあアンタからしたら大したことじゃないだろうよ)


 大丈夫、と自分に言い聞かせる。大丈夫、私の想いを笑いものにするような男なんかもう好きじゃない。


「じゃあ早くして」


 笑いものにされるなら早くされて、とっとと戻って友人に愚痴りたい。もしくはすっごく泣きたい。教室で思いっきり泣くとかいいかもなんて思ってみた。

 彼はまた困ったような顔をした。

 そして。


西野美晴にしのみはるさん、僕と付き合ってください!」


 意を決したように言った。彼の顔は赤くなっていたけど私の心は平静だった、と思う。


「いいよ。で、どこ行く?」

「やった! って、え?」


 なんか給水塔の裏から聞こえた気がするが気のせいではないだろう。


「あ、いや、そうじゃなくて……」

「じゃあ何? 行き先は? 付き合えっていうんだからデザートぐらいはおごってくれるんだよね?」


 首を傾げて聞くと、何故か「反則だ……」と彼が呟くように言い、


「もちろんごはんもおごるから今回だけじゃなくてこの先もずっと僕と出かけてください大好きです!」


 その後息継ぎもしないで言い切った。

 私の傾いた首は戻らなくなった。



 *  *



 戻ってきた友人は何故か雰囲気イケメンの中田と一緒だった。二人して顔が赤いとかむかつく。

 しかもその後ろから中田の友人たちがなんともいえない顔で戻ってくるとかなんなのだ。


「美晴?」

「坂谷さん!」

「何?」


 友人に声をかけたのに中田に声をかけられて憮然とする。なんだ貴様は。


「今日から僕たち付き合うことになったんだ。だから、これから西野さんと一緒にいるのを許して欲しい」


 すごくむかついた。コイツは私の友人への、美晴への想いを知っているのだ。


「ダメって言ったらどうするの?」

「説得する。できるだけ、誠実に」


 真面目か。

 あほだ、と思った。

 でも。


「美晴を泣かせなければいいわよ。幸せに、笑わせていられるなら」


 美晴が困ったような顔をしていたから。

 それでいてコイツを好きだというのがよくわかるような表情をしていたから。

 くやしいなあくやしいなあ。

 わんわん大声を上げて泣いてしまいたい。

 でも美晴が好きだから。

 ずっとずっと大好きだから。


「もちろん!」

「それなら許してあげる」


 コイツを許してやるって嘘をつく。

 だって私には一度だって、そんなたまらなく好きなんて顔向けてくれなかった。

 美晴の魅力を知っているのは私だけでよかったのに。

 こんなにかわいい女の子だなんて他には知られたくなかったのに。


「絵美」

「学校では一緒だからね。パフェ食べに行く約束も譲らないからね」

「うん!」


 中田が困ったような顔をしていたがどうでもいい。


「よかったね」


 小声で美晴に言う。

 嘘、全然よかったなんて思ってない。


「うん……」


 だって貴女があんまりかわいい顔をするから。



おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

かわいいひと 浅葱 @asagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ