第37話 ジェイソンの裏切り!!

 アイクの秘密のラボは風光明媚な地域に位置し、奥には美しい滝もあり散策を楽しめるが、そんなものを愛でる余裕は今のジェイソンにはない。


 「村越社長、すみませんが今ビデオ通話は難しいかと。みんなと一緒なので」


 「薬は打ったのか?」


 「はい。ただ……あの薬はしばらく記憶を失うだけだと聞いてたんですが、なぜか副作用が出てまして……」


 わずかな沈黙があり村越宗信は「それは妙だな」と返す。


 「格闘技場にいた頃からずっと注射を続けていたが、副作用が起きたことはない」


 「ですが、さっき突然身体が震えだして、今アイクが処置をしてます」


 「お前のことは気づかれてないだろうな?」


 村越宗信に厳しく問われ、ジェイソンはひそかにため息をついた。


 「はい、今のとことろは。でもバレるのも時間の問題で……」


 ジェイソンが言い終わる前に宗信は電話を切った。


 「クソッ!」


 思いのほか時間を取られていたことに気づき、ジェイソンは慌てて家に駆け込んだ。

 

 ◇


 一方、ラボではアイクの的確な処置が功を奏し、レッドは落ち着いて眠っていた。


 「誰かがレッドに短期的に記憶を失う薬剤を注射していたようね。それが鎮静剤と反応したんだわ」


 アイクは額の汗をぬぐいながら麗華と呂布に説明しつつ、厳しい表情でカプセルに横たわるレッドを凝視する。


 「曹操の仕業に決まってる! 今から行って決着をつけてやる!」


 勢いよく外に飛び出そうとした呂布の前に、冷静な表情の麗華が立ちはだかる。


 「興奮しないでください。まずは状況を見定めるのが先決です」


 麗華は呂布を制しながら、こんなに人目がある中で誰が注射を打つことができたのかと、疑問に思っていた。アイクも思案顔でため息をついている。


 「でも幸い、薬剤の量が少なかったからよかったわよ。でなきゃ、レッドは今ごろどうなってたか……」


 「レッドはいつ頃目覚めるの?注射の副作用はないんでしょ?」


 「安心して。薬剤はすでに中和されてるから10分もすれば目覚めるはずよ」


 アイクが急に思い出したように周囲に目を走らせた。


 「ジェイソン、遅いわね~。どこほっつき歩いてんのよ!」

 

 つられて麗華と呂布もあたりを見まわしていると、ジェイソンがラボに駆け込んできた。


 「みなさん、荷物をまとめて逃げてください!」


 「何をそんなに慌てているのですか?」


 麗華が当然の疑問を口にする。


 「時間がありません! 移動しながら説明しますので!」


 ジェイソンは早口でまくしたてる。


 「吐け!」


 呂布がいきなりジェイソンの胸ぐらをつかんだ。


 「薬をもったのは、貴様か!」


 「何を言い出すの? ジェイソンなわけがありません」


 「初めて会った時から、こいつには何かあると思ってたんだ!」


 「アイク、早く呂布を止めてちょうだい!」


 「ギャーギャー騒ぐな!そういうのを『廬山(ろざん)の真面目(しんめんもく)(※物事の真相が分からないこと)』と言うんだ!」


 「んまぁ!呂布のくせに、ことわざなんか使っちゃって!」


 アイクは心底驚いている。


 「蘇軾そしょくはあなたより700年もあとに生まれたのよ。なんで彼の詩を知ってるの?」


 「アイク……。感心してる場合じゃないでしょ」


 麗華がアイクをにらみつけると、アイクは申し訳なさそうに胸の前で手を合わせた。


 「さあ吐きやがれ! うそをつけば命はないぞ!」


 呂布はジェイソンを引き寄せ、鬼の形相で迫った。

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