第36話 仕組まれた記憶喪失と大きなウソ
麗華はアイクに、自身の寿命のこと、首の後ろに埋め込まれた人神プロジェクトの資料(チップ)のこと、そして北条宗徳への不信など、洗いざらいにしゃべった。麗華の告白を聞いたアイクは、ただただ呆然とした表情を浮かべている。
「まさかそんな……。麗ちゃんの寿命が後わずかだなんて……!!」
「アイク、大丈夫よ。
気丈な様子の麗華を前に、アイクは手を組み、思案気な表情を浮かべている。呂布は麗華の隣にドカッと腰を下ろすと、麗華の顔を正面からじっと見据えた。
「寿命が後わずかだったとは……。一人で戦っていたのだな」
呂布の言葉に、麗華の瞳から涙が零れ落ちる。
「泣きたいときは泣けばいい。涙が枯れ果てたあと、また希望が立ち上がる」
「ありがとう……」
麗華が自然に呂布の肩に頭を乗せる。両親が死んで以来、今まで感じたことのない充足感が麗華の心を満たていく。麗華と呂布の様子を、ほほえましい顔で見つめていたアイクが口を開いた。
「ジェイソンはどこまで知っているの?」
「寿命のことはまだ言っていないけど、ジェイソンが叔父の行動を逐一調べてくれていたから、地下格闘技場の件に関してはある程度知っているはずよ。叔父がゼウス社の村越社長と組んで、何か良からぬことを企んでいることもね――」
「麗ちゃん、この後どうするつもりよ…?あんまり一人で危ないことはダメよ」
「何も知らないふりをして、もう少し泳がせてみるわ。アイク、心配しないで!ところで、レッドの記憶喪失の原因は何だったの?」
「どうやら定期的に記憶を失う薬を注射されてたようなの。だから彼は起きてる時に格闘技場で戦っている記憶しかないんだわ」
「なんて邪悪なの!」
さすがの麗華も怒りを露わにする。呂布にいたっては、額に青筋を浮かべ「おのれ曹操!」といつもの怒りを爆発させた。
「とりあえず落ち着いて」
麗華は呂布をソファに座らせると、眉をしかめた。
「人神プロジェクトの展示会に地下格闘技場、それから私たちが逃げている時に襲ってきた奴ら……。ゼウス社と叔父は何を企んでいるのかしら…」
「三国第一の戦神であるこの俺がついている。何も心配することはない」
呂布が麗華の肩に優しく手を置く。麗華は嬉しそうに呂布を見上げた。
「呂布はずいぶんと優しくなりましたね。いつも私のことを励まして守ってくれました……」
呂布は顔を赤らめると、照れた様子で頭をかいた。
(蝉に言われたわけでもないのに、こんなに温かい気持ちになるとは不思議だ――)
その時、麗華の手首の通信機が赤く光り、叔父の北条宗徳からの来電を伝えた。少し迷った末、麗華は通話ボタンを押した。画面に、険しい表情をした北条宗徳が現れる、
「君は誰だね? 娘はどこだ?」
「私が麗華です」
宗徳は、麗華の背後にいる呂布の姿をいぶかしげに見つめる。
「麗華、なぜ他人がお前の電話に出るんだ? はやく替われ」
呂布は知らぬうちに両手の拳を固く握りしめていた。
(おのれ曹操、しらばっくれやがって!貴様がどこにいようと、必ず殺しにいくから覚悟しろ!)
「落ち着いて聞いてください。科学的にはあり得ないこととはわかっていますが、実は呂布の身体の中にいるのが私で、私の身体の中にいるのが呂布なのです。つまり私たちの魂は入れ替わってしまったの!」
予め報告を受けていた宗徳は、麗華の言葉に驚いたフリをした。
「魂が入れ替わっただと? つまりゼウス社の人神計画というのは真実だということか」
「そのとおりです」
麗華は白々しいと思いながらも、言葉を続ける。
「それで、さっき分かったことですが、ゼウス社は例のビルの地下に格闘技場を作っていました。傭兵たちに襲われそうになって……」
「なんだと?」
北条宗徳が声を荒げる。
「そろそろビルの査定を依頼しようと思っていたところだ。ゼウス社が他社の財産を占拠していたとはな」
北条宗徳はしばし考えた後、正面を向いた。
「麗華、明日の午前中、私の書斎に来てくれ。お前と魂が入れ替わったという呂布と一緒にな」
「分かりました。午前中には向かいます」
北条宗徳は安心したように、大きくため息をついた。
「苦労したんだな。明日はお前の好きなチゲ豆腐を作ってやろう」
素直に応じる麗華に、北条宗徳は優しい叔父の顔を見せる。麗華は笑顔で電話を切った。空中に浮かんでいた宗徳の姿が一瞬で消えると、麗華の顔から笑みが消えた。
「アレク……。明日、叔父のところに呂布と一緒に行くことになったわ」
「よし!明日、曹操の首を討ちとってやる!!」
呂布が怒りにまかせて高々と片手を上げた。
「慌てないでください。慎重に立ち振る舞わないと、向こうは尻尾を出しませんから」
「麗ちゃんの言うとおりよ。ここまで来たら、この難局に立ち向かうしかないんだから、主導権をにぎらないと!」
そばで成り行きを見守っていたアイクが口を挟む。
「そういえばジェイソンはどこに行ったのかしら?」
ふと、われに返った麗華はあたりを見まわした。
「レッドの様子を見にいってもらったわ」
アイクがラボのほうを指さした時、汗だくのジェイソンがドアから出てきた。
「大変です!!レッドが
「そんなあり得ない! 鎮静剤を入れてるだけなのに!」
ドアのほうへ走りながら、アイクが叫ぶ。
全員がラボに入り、カプセルを取り囲む。横たわるレッドが苦しそうに全身を震わせている。突然、ディスプレーが赤く光り、けたたましい警告音を発し始めた。
〈体内に異常な薬物を検知しました!〉
アイクがテキパキと処置を進める横で、麗華と呂布はなすすべもなく立ちつくす。
突然、ハンカチで汗をぬぐっているジェイソンのスマートウォッチが光り「村越宗信」の文字が表示された。ジェイソンは手の平でスマートウォッチを隠しながら、急ぎ足で家を出た。
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