第35話 赤く盛り上がった「Z」の文字
「本当に何も覚えてないのか? この呂布のことさえも?」
呂布は天を仰いだ。
「OMG! だったら何を覚えてるというんだ」
そばでこの一幕を目の当たりにしていた麗華とアイクとジェイソンは、呂布の言葉に耳を疑った。
「OMG! 三国第一の戦神呂布が英語を使ってる!」
「一体どこで覚えたの?」
レッドは目を閉じている。何とか記憶を呼び起こそうとしているようだ。
「長い間、格闘技場で戦わされてたことしか覚えてない。あのかごの中でまともに寝ることも許されず、戦い続けていました。そんな時、麗華様に救われたのです――」
驚きのあまり言葉を失った呂布は、心に巨大な岩がのしかかってきたような感覚を抱いた。
「現代で言うところの、記憶喪失というやつか?」
「記憶喪失?」
「三国時代ではそれを『ほうける』と言ってたな」
「たった一晩で記憶をなくすなんてことある?」
麗華が口を挟んだ。
「記憶喪失くらいなら、すぐ治せるわよ」
アイクは自信たっぷりに胸をたたいてみせた。しかしレッドは、そんなアイクに警戒心をむき出しにする。その迫力にたじろいだアイクは、気を取りなおすように胸を張った。
「このアタシに任せて……!!」
レッドは、呂布がアイクに敵意を持っていないことを確認すると、アイクに向き直った。
「こちらの男性は、麗華様とはどういう関係だ?」
「やだぁ!!もう男性だなんて!!女の子に向かって何言ってるのよ~!!」
そんなふたりのやりとりに、ほかの3人は思わず吹き出した。
「んもう!ここには失礼な人たちしかいないわけ!?誰か、その命知らずな大男をラボに連れてきてちょうだい!」
恨めしそうな顔をして振り返ったアイクは、それだけ言い捨てるとそそくさとラボのほうへと消えた。
「赤兎、早くやつのあとを追え。ああ見えて医術の腕は一流だ」
「分かりました。麗華様を信じます」
「それでいい。何も心配しなくてもいい」
呂布は力強くうなずいた。
◇
「ぐおーーーーーー!」
地獄の底で罰を受ける亡者の叫びとはこういうものかと思えるほどの悲痛な声が、ラボのほうから聞こえてきた。ドアの外で待っていた呂布でさえあぜんとするほどの絶叫だった。手術を終え、すでに麻酔が効きカプセルに横たわったレッドは、裸の上半身と頭部を何本もの管につながれている。首に深々とつけられた傷は、相変わらず生々しい。
アイクはレッドの首の後ろに目をこらす。なぜか赤く盛りあがっているのだ。別の方向から角度を変えて見ると、そこに「Z」の文字が浮かび上がった。
「そういうことね……」
アイクは改めて上半身につけられた無数の傷痕を眺めた。
「あんたのその傷に免じて、さっきの無礼は許してあげる」
そう言ってアイクは優しい笑顔を浮かべた。
ラボのドアが開き、アイクが出てきた。かなり疲れているように見える。アイクがリビングに入ってくると、麗華と呂布がソファから立ちあがった。
「赤兎は一緒じゃないのか?」
「傷が深かったから、治療前に鎮静剤をのませたの。1時間もすれば目覚めると思うわ」
「鎮静剤というのは?」
「三国時代の言い方だと『安眠散』ってところかしら?」
「そうか。ゆっくり休むのもいいかもしれん。寝ることもままならず、戦い続けていたというからな」
呂布は悲しげな顔をして、うつむき加減で独りごちた。
「彼は全身傷だらけだった。特に首に残された3本の傷痕は、信じられないほどの深手だったはずよ」
アイクの瞳にも悲しみの色がにじんでいた。
突然、呂布の脳裏に赤兎の最期の場面がよみがえった。赤兎は曹操の兵に傷つけられ、地面に引き倒されたのだった。
「曹操め! この呂布が必ず貴様を殺してやる!」
怒りに燃えた呂布は指を天に突きあげ、大声で叫んだ。麗華も呂布の悲しみを察し、沈鬱な表情を浮かべている。
(アイクの報告を聞いて、心の傷が揺さぶられたのね……)
「そういえば……」
アイクが、重苦しい空気を振り払おうと、話題を変えた。
「さっきレッドの首の後ろに、Zの文字の烙印を見つけたわ」
「ゼウス社ね!/ゼウス社か!」
麗華と呂布が同時に叫ぶと、アイクがうなずいた。
「でもよく分からないの。北条グループ社長の麗ちゃんともあろう人物が、どうしてあの廃墟ビルとゼウス社の関係に気づかなかったのかしら……」
麗華はしばらく逡巡した後、顔を上げた。
「実は…アイクたちに言っていなかったことがあるの」
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