第34話 俺は馬だった!?レッドの記憶喪失
ジェイソンは、そそくさと玄関を出てあたりを見まわす。周囲に人がいないことを確認し通話ボタンを押すと、空中に村越宗信の姿が浮かびあがった。
「村越社長、どうかなさいましたか?」
「用があるから電話をしてるんだろ」
「村越社長、わざと電話に出なかったわけではありません。あなたの傭兵が優秀すぎて、私の命さえも危うくなってしまったのです」
「くだらん弁解はするな。私が電話をかけたとき、おまえたちはすでに逃亡していたはずだ。もういい、本題に入れ」
ジェイソンは、村越への嫌悪を露わに顔をしかめながらも、頭の中で素早く考えをまとめた。
「あの記者会見のあと、社長と呂布が地下の格闘技場に迷い込みました。その後、1時間足らずでふたりは出てきたのですが、見知らぬ男を連れていたのです。その男は髪が赤く、筋骨隆々の立派な体型をしおり、確か呂布は『赤兎』と呼んでいました。
「続けろ」
「はい。呂布たちのあとを、なぜか格闘技場の関係者らしき者たちが追いかけてきて、乱闘騒ぎになりました。私と社長は、巻き添えになることを恐れて逃げることにしました。しかし空中にいた私たちの車が撃墜されました。その後、呂布と『赤兎』とやらがあなたの傭兵を全滅させたという流れです」
「麗華の身体の中に呂布の魂が入っていると言っていたな。それで呂布の傷の具合は?」
「呂布というのは、たいした奴です。銃弾を3発も受けながらも、すべて急所から外れていました。すでに手当てを終えて……」
ジェイソンは気を引き締めた。もしありのままを話せば、麗華と呂布の魂が元に戻ったことにも触れなければならなくなる。ジェイソンは話すべきことと、離してはならないことの線引きを頭の中でさっと引いた。怪しまれてしまっては今までの計画が水の泡だ。
「ところで、お前たちは今、一体どこにいる?」
「社長の海辺の別荘に」
「……」
わずか十数秒の沈黙が、ジェイソンには永遠のように思えた。極度の緊張から、身体が硬直する。
「なぜウソをつく?」
ついに村越宗信が声を出した。
(クソ……バレた。早く皆に知らせないと——)
顔中に冷や汗をかきながら、ジェイソンはスマートウォッチの電源を落とした。その時、背後でガサガサと動く音が聞こえた。
「誰だ? そこにいるのは!」
背後から足音が聞こえ振り向くと、レッドが立っていた。
「ど、どうしてここに?」
ジェイソンは動揺していた。
(こいつ、いつからここにいたんだ? まさか電話の内容を聞かれてないだろうな……)
そんなジェイソンの焦りを知ってか知らずか、レッドは表情を変えない。
「どうしてって、地下格闘技場から助け出されたからだろ?」
「……じゃなくて、なんでここにいる?」
「なんでって、地下格闘技場から助け出されたからだろ?」
レッドは無表情のまま同じ言葉を繰り返す。レッドの異変に気づいたジェイソンは、「呂布なら中にいるぞ」と言いながら、レッドの腕を引いた。
玄関の前に立ったレッドは、力いっぱいドアをたたく。けれどドアが開けられることはなく、レッドはいらだちを募らせた。
「麗華様はこの中にいるんじゃないのか?」
(麗華様……??)
ジェイソンが考える暇もなく、レッドはドアを蹴り破ろうと脚をあげた。慌てたジェイソンは、全力でレッドを後ろから羽交い締めにする。
「待て。アイクに電話してみるから」
けれどジェイソンの右脚は、すでにドアに到達していた。
ドスン!!
大音響とともにドアが開く。
「キャーーー!」
中から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。ドアの向こうでは両手を頬に当てて青ざめているアイクがわめきたてている。
「最先端のドアがぁ──! 10万ドルもしたのにどうしてくれんのよ! テクノロジーの敗北だわ!」
「麗華様!どこですか?」
レッドは大騒ぎしているアイクを気にとめず、家に入る。
「赤兎、落ち着け!俺はここにいる」
騒ぎを聞きつけた駆けつけた呂布が、レッドの腕を引っ張る。しかしレッドはその場を離れず、麗華の姿をした呂布の顔を嬉しそうに見つめている。
「麗華様、地下格闘技場から救出していだだき感謝します」
いきなり呂布の前で片膝をつき礼を述べた。
「急にどうした? 礼には及ばん。さあ立つがよい」
「俺は毎日あの地下のかごの中で、人間や獅子と戦わされていたんです。もし麗華様が来てくれなければ……」
「三国時代、お前の背中にまたがり共に戦場を駆けめぐった仲だ。お前のことを見捨てるわけがないだろう」
「三国時代…?背中にまたがる…?」
レッドが不可解そうに首をひねる。呂布が不安気な様子で、レッドの前に顔を近づけた。
「どうした赤兎……?三国第一の戦神『呂布』のことは覚えているだろう?俺は
レッドの記憶を呼び覚まそうと、呂布は必死で訴えかけた。
「……俺は馬だったと?」
頭を押さえながらしばらく考え込んでいたレッドは「何も……覚えてない」とつぶやいた。
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