第27話 麗華、命の危機
麗華たちに命の危険が迫っていた。はるか遠くから、飛行中の車のフロントガラスに照準をあわせ、狙撃銃が発射されたのだ。
〈緊急事態発生! 前方に未確認物体あり!〉
〈緊急事態発生! 前方に未確認物体あり!〉
けたたましい警告音とともに赤い警告灯が点滅し、AIによる自動運転システムが繰り返し注意を喚起する。運転手のジェイソンは失神寸前で目を見開いていた。だが、ここで気を失うわけにはいかない。車内にいる全員の命を背負っているのだ。何より、入社以来ひそかに想いを寄せてきた社長の命を守らなければと、必死で気持ちを奮い立たせる。
ジェイソンは、手汗でびしょ濡れのハンドルをにぎり直すと、猛然と右に切った。シュッと、金属どうしがこすれる高い音が響き、車の左側のドアに長い傷痕がついた。わずかな沈黙が流れた後、麗華が辺りを見渡す。
「た…助かったのでしょうか?」
アイクが興奮気味に「生きてるってサイコー!」と叫んだ瞬間、ガタン!と何かが車にぶつかったような音がした。焦げたようなにおいがして、黒い煙が車内に流れ込んでくる。
〈緊急事態発生! エンジンが破損。着陸してください!〉
〈緊急事態発生! エンジンが破損。着陸してください!〉
麗華たちの乗った車が、地上のコンクリート目がけて急降下を始めた。
「いやだいやだいやだぁ…!アタシ、まだ死にたくないわよぉぉ!!麗ちゃぁぁん!!」
「ちょっと…!アイク!暴れないでちょうだい!!」
麗華らが墜落の危機に瀕し大混乱に陥っているさなか、地上では、迷彩服を着た男たちがどこからともなく現れた。それぞれが両手に持った棒状の道具を高々と空に向かって突きあげる。するとその先端からレーザーチェーンが飛び出し、またたくまに光のネットを形成したかと思えば、急降下していた麗華たちの車を受けとめた。車はかなりのスピードで落下していたが、光のネットがその衝撃を吸収したおかげで、墜落事故には至らずに着陸できた。
けれど、危機はそれだけでは終わらなかった。麗華たちが、ふらふらになりながら車をおりると、待ち構えていた傭兵たちによって、あっというまに取り押さえられてしまった。
「ちょっと、痛いじゃない! もっと優しくできないの?」
アイクが真っ先に抗議の声をあげる。麗華は、呂布の体格をいかして反撃しようと、低い体勢のままひとつ大きく息を吐いた。
その時、誰かが目の前に立ちはだかった。顔をあげると男がふたりこちらを見おろしている。北条宗徳の部下であり、傭兵軍のリーダー
「私たちを解放してください。何の権限があってこのようなことを…?」
「権限なんて関係ない。こっちは命令に従うまでだ」
麗華が睨みつけると、胡隠がニヤリと笑った。王中は耳に手を当て、イヤホンの音声に集中する。
「連絡が入った。こいつらを地下室に連れてこいとさ」
「やめて!放して!!」
麗華たちが暴れていると、突然、数人の傭兵たちが、
「この3人を放せ!」
呂布が大声で怒鳴った。
「俺が相手になってやる。こんな雑魚を捕まえても意味がないだろ」
麗華は不服そうに「雑魚って……」とつぶやく。けれどピンチの時に聞く呂布の声は、心強いものだと、声のしたほうに目を向けた。
すぐ近くに、呂布を肩車したレッドが立っている。胡隠の目配せに手下らがうなずいた。それぞれが呂布とレッドに向かって、レーザーチェーンを発射した。それを素手で受けとめようと呂布が手をあげる。呂布の動きを察したレッドが「やめろ!」と叫んだ。
しばらく地下格闘技場にいたレッドは、彼らの
「ご主人様、お逃げください!」
レッドはとっさに膝をかがめて、呂布を宙に放り投げると、自分はゴロゴロと地面を転がった。その様子を見ていた胡隠が「よし」と小さくつぶやいた。最初から彼らを引き離すことが目的だったのだ。
「離れたぞ! ふたりを二度と近づけるな。かかれ!」
胡隠が叫ぶ。傭兵たちもそれを承知しているとばかりに、次の行動に出る。レーザーチェーンを素早く巻き取りスイッチを押すと、それぞれのチェーンが空中で組み合わさりネット状になった。地上にいる呂布らにネットをかぶせようという作戦だ。呂布はその動きを察知し、レッドを肩で突き飛ばした。
「うっ!」
ひとりネットの餌食となった呂布は、全身がしびれて動けなくなる。ふたりの傭兵は、そのすきに呂布の腕を後ろにひねりあげ、地面に押し倒した。
「くそ…放せ!!」
呂布はわずかに首を動かし、背後の傭兵たちをにらみつけた。胡隠が邪悪な笑みを浮かべる。
「あんたみたいな美女に殺されるのも悪くないが、あいにく今は遊んでる暇がないんだ。手加減しないが悪く思うな」
レッドは呂布を救おうと、傭兵をひとりぶちのめした。
「ご主人様!」
続けて、傭兵ふたりに体当たりをくらわせる。
「撃て。こいつは生け捕りにしなくていい」
王中が手を振り命令すると、傭兵らはレッドに向かって機銃掃射を開始した。レッドは、驚くべき身体能力で各方面から飛んでくる銃弾をかわしていく。けれど正面からの銃弾を避けた次の瞬間、不幸にも壁に当たって跳ね返ってきた銃弾がレッドの首にめり込んだ。
「ぐっ……」
レッドが地面に倒れ込むと、傭兵たちが、すぐさまレーザーチェーンでレッドを捕獲した。レッドの首から、とめどなく鮮血があふれ呼吸が荒くなる。
「赤兎ーーー!!!」
目を見開き叫ぶ呂布の脳裏に、赤兎馬の凄惨な最期がよみがえった。
白門楼の前。すでに満身創痍の赤兎馬の首に大太刀がめり込んでいる。悲しげないななきをあげる赤兎馬の首から、鮮血がどくどくと流れ出し、みるみるうちに赤い毛皮が血で染まっていく……。今まさに、その悲劇が繰り返された。
王中は、特注の銃をレッドに向けた。
パンパンパン!
「やめろ!」
銃声と同時に、呂布が叫びながらレッドの前に躍り出る。
(二度とこいつを失いたくない!)
銃弾が妙な音とともに、身体の中へ吸い込まれていく。不思議なことに、呂布は少しの痛みも感じていなかった。
「……ご主人様」
その声に呂布が振り返ると、レッドは自分ではなく別の方向を心配そうに見ていた。視線の先をたどると、麗華が倒れている。この時、ようやく呂布は異変に気がついた。
視線を落として両手を見ると、うちわのように大きい。武術の稽古の勲章であるマメがあり、ゴツゴツと骨ばっている。
「これは俺の身体だ……」
呂布の声を聞き、アイクとジェイソンが眉をひそめた。
「あんたが呂布なのか?」
「じゃあ倒れてるのは誰なの?」
しばしの沈黙が流れる。
「えーーーー! 麗ちゃん!!!!!!!」
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